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2018年08月26日07:59

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カーボンニュートラル

 石油や石炭を燃やして二酸化炭素が発生したら、それは「新たに付加された地球温暖化ガス」だからまずいけれど、木材を燃やして二酸化炭素が発生しても、それはもともと大気中にあったものをまた大気に返すだけだから「カーボンニュートラル」で問題なし、なのだそうです。
 だけどこの表現には、微かな欺瞞が含まれているように私には思えます。木材を燃やしても、それと同じだけの木材を育てる(つまり大気中の二酸化炭素を吸収させる)のだったら帳尻は「ニュートラル」になるでしょう。しかし、切って燃やす一方で植樹をしなかったり森林の成長をさせなければ、結局大気中の二酸化炭素は増える一方になってしまいません? 木材を燃やしている人たち、その分だけせっせと植樹や森林の手入れをしています?

【ただいま読書中】『考古学のための法律』久末弥生 著、 日本評論社、2017年、2600円(税別)
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 明治維新によって日本の文化財は危機的状況におかれ、それに対して明治30年(1897)「古社寺保存法」が制定され、ここで「国宝」制度と自力で維持困難な社寺への補助が始まりました。「古社寺保存法」は名前の通り「社寺」という有形のものを保護する法律で、遺跡・名勝地・動植物などの保護は、大正8年(1919)の「史跡名勝天然記念物保存法」からです。この法律の背景には、国土開発による史跡などの破壊がありました。社寺以外が所有する有形文化財については昭和4年(1929)に「古社寺保存法」が「国宝保存法」にかわりました。この法律では国宝の輸出を禁じましたがそれが守られないため昭和8年(1933)「重要美術品等の保存に関する法律」が制定されました。1950年に「文化財保護法」が制定されましたが、これは前年の金閣寺消失が契機となったそうです。
 文化財が「危機」に陥るたびに後手で法律が制定される、という流れのようですが、たとえ後手でも守ろうとするのは良いことと言えるでしょう。ただ、「文化財保護法」に「発掘の費用負担」についての明文規定がないのはいただけません。開発業者が地面を掘ったら文化財が出てきたら、届出義務があります。すると行政からは「発掘調査をするように」という行政指導がされます。しかしそのコストは業者持ちです。法的には「国が出す」とは書いてない。しかし行政指導を業者が受け入れたのだから、受け入れた業者がその「責任」で費用を出すべきだ、という判決文を読むと、その屁理屈ぶりに頭が痛くなります。ついでに、こんなことばかり言っていたら「届け出たら損をするから、見なかったことにしよう」と遺跡破壊が進行するばかりではないか、という危惧も私は覚えます。国は「文化財は大切にしたくない」と主張しているように私には見えるのです。だって「文化財を大切にしない人間」の方が“得"をするように法が整備されていませんか?
 博物館には博物館で別の法制があります。「博物館法」「教育基本法」「社会教育法」などの国内法制に加えて、ユネスコの下部組織の国際博物館会議(ICOM)の規約にも大きな影響を受けます。ちなみにICOM規約では「博物館」は「ハコモノ」ではなくて「機関」だと定義されています。金と権力が最優先の「えらい人」には理解できない概念かもしれませんが。
 各国の博物館の法制についても本書で紹介されていますが、「アメリカには博物館法がない」のには驚きました。私有財産の保護が最優先なんですね。
 考古学と都市計画、考古学と公有地の関係を調整するにも法律が必要です。ただ、学術と文化と(資本主義)社会をうまく調整するのは、なかなか大変そうです。まずは国会議員に教養をたたき込むところから始めないといけないのかな? できたら義務教育でそういったことをやっておくと良いのかもしれません。



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