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2017年12月03日13:46

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歴史に学べ

 知識が増えれば増えるほど「同じ失敗」はしなくなるはずです。しかし「歴史に学べ」という言葉がちっとも古びないところを見ると、人は「知識の蓄積から学ぶこと」か「同じ失敗を避けること」のどちらか(あるいはその両方)がお嫌いのようです。

【ただいま読書中】『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? ──重大な局面で“正しい決断"をする方法』アトゥール・ガワンデ 著、 吉田竜 訳、 普遊舎、2011年、1600円(税別)
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 人間が「失敗」をする理由はいろいろありますが、その多くは「無理(そもそも人間の力では不可能な領域)」です。「無理ではない」領域での失敗は「無知(正しい知識がない)」「無能(正しい知識はあるがそれを正しく活用できない)」によります。かつては「無知」がはびこっていましたが、文明の進歩で知識は増え、「失敗の原因」として最近問題になっているのが「無能」です。そこで医学は「専門化」を進めることで「失敗」を減らそうとしました。しかしそれでも「失敗」は根絶されません。そこで「超専門化」が進められました。しかしそれでも……
 ここで著者は、視線を「医学以外」に向けます。
 1935年ボーイング社は「一人で飛ばすには大きすぎる飛行機」を安全に飛ばすために「チェックリスト」を導入しました。人間の記憶力や注意力には限界があるから、それを「チェックリスト」によって補おうというわけです。それは実に上手くいき「空飛ぶ要塞(Bー17)」はドイツを徹底的に爆撃することになりました。その「チェックリスト」を2001年にアメリカ医学に導入しようとしたプロノボスト医師は、まず「中心静脈カテーテルのチェックリスト」を試してみました。わずか5項目のチェックリストですが、それによってカテーテルの感染率は驚くほど低下しました。
 単純な問題にチェックリストは有効です。しかし複数の単純な問題の場合は? 複雑な問題の場合は? 著者はそのことを考え続け、建築中の新病棟にその答を見つけます。建築もまた「専門化」の道をたどっていました。しかし、複雑な構造の高層ビルを多職種の人間が作るとき、どうやって上手く協同できるでしょうか。そこで使われるのが巨大な「スケジュール表」つまり「チェックリスト」でした。さらに、不測の事態が起きたときに備えて、多職種のリーダーたちが相談する「提起スケジュール」もあらかじめスケジュール表に組み込まれています。これまた「チェックリスト」です。建築業界は手順のチェックだけではなくて「コミュニケーション」によって「失敗」を減らそうとしているのです。著者が見学に出かけた有名シェフの厨房でもチェックリストは立派に役立っていました。すると……著者の職場(手術室)でもチェックリストは役立つのではないでしょうか?
 2006年、著者はWHO(世界保健機構)の「手術関連の死亡を減らすプロジェクト」に参加を要請されます。WHOの統計では、2004年に全世界で2億3000万件の手術がおこなわれました。これは出産件数を超えていますが、死亡率は手術の方が出産の10〜100倍となっています。年間100万人以上が手術死をしている、これは重大な問題です。会議に出席した著者は不安になります。手術は様々、患者も様々、医者も様々、さらに国によって事情も様々なのです。これらをまとめて何とかすることができるでしょうか? 全世界規模に適用できてシンプルな手順で効果が測定可能で限定された予算でもできること。その会議で「作業とコミュニケーションのチェックリスト」というアイデアが浮上します。「コミュニケーションのチェックリスト」には二つの意味があります。一つは「外科医は手術室の王様、ではない」という意味。多職種の人間が平等に発言できることでチームワークが高まり「失敗」は減りますが、これは同時に民主的な手続きで権力の再配分をすることを意味しています。もう一つは「想定外の事態に備える」意味。一つのチェックリストですべての場合に対応できるわけがありません。ですからあらかじめコミュニケーションを確立しておくことで、想定外の事態が起きたときにすべての人が最善の努力ができるようにしておくのです。
 著者たちは張り切って「良いチェックリスト」を作成します。著者は自分の病院の手術室で試してみますが、それは時間ばかりかかるみじめな失敗例でした。そこで著者はもう一度病院の外に出かけます。手術医と同じく時間に追われるパイロットのチェックリストがどのように作られ使われているのか、を知るためです。そこで著者は「良いチェックリスト」と「悪いチェックリスト」の違いを知ります。そこで次に作ったのは「使えるチェックリスト」。わずか19項目、「手順のチェック」と「コミュニケーションのチェック」から成るリストです。できたら実験。世界各国の8つの病院(豊かな国も貧しい国も含んでいます)でトライアルです。書類を単に送りつけるのではなく、リーダーに院内で説明会を開いてもらいます。さらに導入が始まったら著者の研究チームが実際に訪問します。「現場」は、著者の想像以上に多様で、問題も多彩でした。しかし、チェックリスト導入後3箇月後の評価で、驚くべき結果が出てきます。著者はそれを「科学論文の審査」の態度でチェックしますが、結果は変わりませんでした。外科医の技術が向上したわけではないのに、手術による死亡や傷害や合併症ががくんと減少したのです。
 投資家やベンチャーキャピタリストの世界でも、チェックリストは有効だそうです。もっとも医学の世界以上にチェックリストは不人気で、採用する人は少ないそうですが(だから成功する人が目立つのでしょうけれど)。
 WHOの手術チェックリストは2009年1月14日に全世界に公開されました。その翌日「ハドソン川の奇蹟」が起きます。しかし著者は、サレンバーガー機長が当初から主張していたとおり、「チームワークとチェックリストの勝利」とこの事件を呼びます。著者自身が外科医であると同時にパイロットでもあるからでしょう、この時の操縦席での描写はきわめてリアルです。
 チェックリストは確かに有効です。そして、「失敗」が「無知」から「無能」にシフトしたように、「ヒーロー」もまた「個人」から「チーム」や「(チェックリストを含む)システム」に評価の対象をシフトした方が良い時代になっているのかもしれません。


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