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2017年08月21日07:09

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ピンチからの脱出

 野球でたとえばノーアウト満塁になったら解説者が「さあ、ここで踏ん張って一点もやらないようにしなければなりません」などと言うことがあります。だけど、「極端なピンチで踏ん張る」ことが本当にできるのなら、ピンチになるその前に踏ん張って「ピンチにならないようにする」方が良いのではないです?

【ただいま読書中】『生きる職場 ──小さなエビ工場の人を縛らない働き方』武藤北斗 著、 イーストプレス、2017年、1500円(税別)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4781615201/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4781615201&linkCode=as2&tag=m0kada-22&linkId=4e06303711a5f036b41f9f0d8e368541
 著者の小さな工場には変わった「ルール」があります。一つは「フリースケジュール」。好きな日の好きな時刻に出勤して好きな時刻に退勤。休むときの連絡は不要(というか、禁止)。もう一つは「嫌いな作業はやらなくてよい(のちに「やってはいけない」)」。えびの殻剥きは好きだが計量が嫌いな人に、計量作業が強制されることはない。
 なんとも“非常識”な経営方針ですが、その結果は……「人がやめなくなった」。その結果、求人広告などのコストが不要になり、採用面接の時間が不要となり、新人を育てる手間も不要に。さらにパートの人たちはどんどん熟練作業員となって、同じ作業量に対して作業時間が短縮されることになり、パートの人数は減っても売上は同じ(そのため人件費は削減できている)。
 ……なんともびっくりの「好循環」です。
 面白いのは、「満足して働く」ようになると、派閥がなくなったことで、これも「人がやめなくなった」ことに貢献しているそうです。逆に言えば「人が長く居着かない職場」には「人をやめさせている人」が“君臨”しているのかもしれません。
 「フリースケジュール」は、はじめは「出勤する日が自由」で「勤務時間はフリーではない」制度で始まりました。しかし著者はある日「なぜ時間もフリーにできないのだろう?」と気づきます。そのとき著者が一番心配したのは「自分の感情」でした。工場長である自分が、“重役出勤”してくるパートさんに対して「なんだよ、こんな時間に出勤してきて」という負の感情を持ってしまうのではないか、と。ところが実際にやってみたら、全然そんなことはなかったそうです。
 パートの人にとってもありがたい制度です。ほとんどの人は子育て中で、子供の行事や急病などで休みたいときに休めたり遅刻や早退が自由にできるのは本当にありがたい。
 もちろん工場は契約に縛られていて一定量の“生産”をしなければなりません。そこで著者ともう一人の社員はそれぞれの“定時”に出勤します。工場の始業体制が整うのは8時半。そして、あとは“パート待ち”。ばらばらと出勤してきたパートさんの顔ぶれと人数に従って、社員がその日の作業の内容や量を調節していきます。お昼休みは45分ありますが、取る権利と取らない自由があります。たとえば11時に出勤した人がそのまま仕事をして14時に帰る、なんてことも。終業は17時。工場は消灯し、社員が残務を行って帰宅するのは18時頃。
 これで「仕事」になるのか、と言えば、なるのだから不思議です。著者ははじめは「今日は何人パートさんが出てくるかな」と予想しながら仕事の段取りをしていましたが、今は「予想」そのものをやめたそうです。たとえ誰も出てこなくても、社員と二人で9時から仕事を始めればいいや、と思っているそうです。しかし、実際には台風のさなかでもゴールデンウイークの中間のたった一日の平日でも、パートさんは数人でも出てきてくれるそうです。これまでの4年間で「パート出勤ゼロ」はたった1日だけ。その日には「滅多にない休日」として製造はせず、著者は発送や事務仕事に専念したそうです(本当は「全員欠勤」よりも「全員出勤」の方が著者は困るそうです。エビの解凍が間に合わなくなりますから)。
 著者はかつては「現場を知らずに口だけ細かく挟むがちがちの管理型」だったのだそうです。ところが“転機”が「東日本大震災」という形で訪れました。津波に襲われ、著者一家は石巻から大阪に避難します。そしてそこで会社再建を始めますが、「被災指定地」以外での会社再建に国からの補助はゼロで(被災指定地で水産加工業なら7/8は補助がもらえるそうです)、著者は二重債務を背負うことになります。石巻での再建をあきらめた理由は、原発事故。そのことに対して、「石巻から逃げた」などと悪意むき出しで非難する人が多かったそうです。
 ともかく再建を始め、しかしそれが頓挫しそうになり、慌ててパート全員とじっくり面談をして著者は衝撃を受けます。「自分がパートさんから信頼されていない」「パートさんが誰も会社を愛していない」事実を突きつけられたからです。清水の舞台から飛び降りる覚悟だったのでしょうか、著者は「フリースケジュール」を開始してしまいます。
 「だけど」と著者は尋ねます。日本の中小企業で、経営者の親族は「フリースケジュール」で動いていませんか?と。親族がそれで動けるのなら、従業員だってできるでしょう?と。
 「フリースケジュール」「嫌いな作業はやらなくてよい」というルールは「手段」に過ぎません。「目的」は「働きやすい職場」。だから。別の手段で「目的」を達成できる会社は別の手段を採用すれば良い(「フリースケジュール」などを形式的に採用してそれで満足してはいけない)、と著者は言っています。ま、それは当然ですね。一般論で言うなら、どんな「ルール」も「手段」に過ぎないのですから。
 そうそう、「嫌いな作業はしてはいけない」ルールに関して「嫌いなことから逃げていたら成長しない」と批判する人がいるそうです。著者はきょとんとします。「えびのから剥き」や「掃除」が嫌いなパートさんにそれを強制して、「人として成長させる」べきなの?と。ついでですが「やってはいけない」と言われると、なぜかやりたくなる人がけっこういるそうです。
 根拠なく「世の中はこうやって動いているもの」と信じている様々な社会的な「ルール」に対して、ささやかな「異議申し立て」が並んだ本です。非常に示唆に富んだ指摘が充満しています。日本中の会社が「フリースケジュール」になる必要はありませんが、「働きやすい職場」が満ちた国にはなって欲しいものだと思います。


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