安全運転遊び

　自動ブレーキとか誤発進防止装置とか、自動車を安全にするための“ハイテク装置”が次々実用化されています。
　で、それで“遊ぶ”連中がすぐに出現するだろう、と私は予想しておきます。たとえばその車で人混みに真っ直ぐ突っ込んでいって安全ブレーキが本当に効くかどうかの“実験”をする、といったものです。上手く効けば「おお、本当だった」で、上手くいかなかったら「自動車会社に騙された」。

【ただいま読書中】『ナチスと精神分析官』ジャック・エル＝ハイ　著、　高里ひろ・桑名真弓 訳、 KADOKAWA、2015年、2200円（税別）
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　連合軍に拘留されたゲーリングは、２万錠のパラコデイン（ジヒドロコデインの慣用名）を持っていました。当時世界中に存在するパラコデインの在庫のほぼ全量でしたが、本人は「心臓の薬」と説明します。ゲーリングは薬の依存症になっていたのです。そういったナチス高官たちの精神面の健康維持のためにケリー少佐という精神科医がナチス高官が収容されたモンドルフに赴任します。
　ゲーリングはその22年前、ミュンヘン一揆の時の銃創で長期間入院したときにモルヒネ依存になり、それから脱するためにパラコデイン依存になっていました。つまり「依存のベテラン」です。対してケリーには、薬物依存治療の経験はほとんどありませんでした。ケリーはゲーリングのプライドをくすぐるという心理操作でパラコデインの断薬に成功します。しかし同時にケリーはゲーリングに巧妙に心理操作をされていました。「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている」でしたっけ？
　戦前、ケリーは（当時はまだ導入されたばかりの）ロールシャッハ・テストに精通し、さらに一般意味論の精神医学への適用にも取り組んでいました。当時としてはずいぶん先進的な精神科医だったようです。戦争が始まるとすぐに応召、心的外傷を負った兵士たちの治療（なるべく早く元気にして戦地に戻すこと）に取り組む精神科医たちを指導して大きな成果を上げます。そして戦後にケリーに与えられたのは「ナチスの心理」を科学的に研究する（もしナチズムが“感染症”なら“予防接種”を開発する）ことでした。
　ゲーリングは人を魅了する能力に長けていました。動物には深い愛情を注ぎ、狩猟法や自然保護法を改正し当時としては先進的な動物実験反対法を提出しています。しかし、（特に自分に反対する）人間に対しては容赦なく粛清や処刑や虐殺を行いました。４年前にアメリカの精神科医クレックリーが『正気の仮面』で精神病質者の概念を紹介していましたが、ケリーはそのことを知らなかったようです。そしてインタビューからはゲーリングが「自己中心的で他者に興味がない」精神病質者である、という事実が読み取れます。
　ニュルンベルク刑務所に収容されたナチスの高官たちにケリーはロールシャッハ・テストを行っています。これは国際法廷には持ち出されませんでしたが、非常に興味深いデータだったようです。ニュルンベルク裁判が始まった頃、ケリーは任務を終了して帰国しました。死刑宣告を受けたゲーリングは、処刑前夜、どこかに隠し持っていた青酸カリのカプセルをかみ砕いて自殺しました。ケリーは山のような書類を持ち帰り、それをもとに本の執筆を始めます。しかしこの本での金儲けはできず、ケリーはボウマン＝グレイ医科大学の准教授職に就きました。そこで犯罪学に興味を持ったケリーは、やがて自分の母校であるカリフォルニア大学バークリー校の犯罪学部に転職します。収入は増え生活は派手になりますが、夫婦の不和とケリーの酒量は増えていきました。ケリーは他人からの注目や賞賛を渇望し、それが思うだけ得られないことへの不満を募らせていきます。家族はケリーの暴力衝動に怯えて生きることになりますが、ケリー自身も苦しんでいました。しかし、世界的なロールシャッハの権威で「ニュルンベルクの精神科医」で警察のコンサルタントである人間が、誰に自分の精神的な問題を相談に行けるでしょう？　そしてある日、怒りの発作からケリーは家族の目の前で青酸カリのカプセルを飲み込んで自殺をします。ゲーリングと同じ手段だったのは、偶然だったのでしょうか。
　ロールシャッハの図形そのものには意味はありません。それを見てそこから「意味」を取り出そうとする人の言葉や仕草から、分析官は「その人の心についての物語」という「意味」を取り出します。さて、本書から私はどんな意味を取り出そうとしているのでしょうか。そしてそれを見る“分析官”は私についてどんな意味を取り出せるのでしょう？