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2017年04月29日11:08

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女にもてたい

 昭和の時代に「女にもてたい」から「でかい車」を手に入れようと努力する若者がたくさんいました。だけどそれでもてるのは「でかい車が好きな女」だけですよね。たとえば「本が好きな女」にもてたい若者は、どんな努力をすれば良かったんでしょう?

【ただいま読書中】『馬車が買いたい! ──19世紀パリ・イマジネール』鹿島茂 著、 白水社、1990年(2000年7刷)、2900円(税別)
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 19世紀のフランス人が陸路を旅する場合の手段は、徒歩か馬車でした。世紀前半に流行した小型の乗り合い二輪馬車は「クックー(カッコー)」、フランス独特の大型で三車室から成る四輪馬車は「ディリジャンヌ」でした。ディリジャンヌでは、どの座席を選ぶかにその人の階級と経済状況が露骨に反映されます。オペラ座にロイヤルボックスから天井桟敷まであるのと少し似ています。
 「マル」と呼ばれた郵便馬車は、旅客も運送していました。こちらは定員が4人ですが、16人乗りのディリジャンヌでは知人と乗り合わせる可能性もあるため、秘密の旅を望む客には郵便馬車の方が人気がありました。
 貴族や大ブルジョワジーには、自家用の旅行馬車も人気がありました。ただ、豪華な旅行馬車を連ねての旅はむしろ18世紀のグランド・ツアーの時代のものだったようです。
 フランスに蒸気機関車が走ったのは、イギリスに遅れること12年、1837年のことでした。ここで面白いのは、「旅客車両」は「箱馬車をいくつも結合した形」で製造されたことです。客は車室の扉を開けて直接外からそこに乗り込み、車掌がドアを閉めて施錠します。内部に通路はありません。客はそれまでの馬車と同じ感覚で移動するわけです。さらに、乗合馬車と同様に屋根の上に「屋上席」までありましたが、これは危険きわまりない「客席」でした。アメリカでは客室中央に通路があってその両側に2人掛けの椅子が並べられる構造でしたが、これは列車登場以前の主要な交通手段であった「河蒸気」の客室がそのまま移し替えられたのだそうです。「進歩」は意外に「それ以前」を反映しているもののようです。
 田舎からパリに入ろうとすると、19世紀にはパスポートチェックや荷物検査がありました。当時のフランスでは「隣の県」は「外国」だったようです。これでひどく苦労させられた代表が、ジャン・ヴァルジャンですね。なお、旅行者がパリで最初に目にするのは、市門を通過した場合には貧民街ですが、列車の場合にはがらんとした駅の光景になります。
 本書には,19世紀のフランスを扱った様々な文学作品からの引用が多数散りばめられていて、「19世紀のフランスの臭い」がページをめくるごとに立ち上ってきます。「食事」の場面ではその「におい」はますます濃厚になります。ただし登場するのが庶民の食堂や自炊生活なので、「貧しいにおい」ではありますが。
 「盛り場」で目立つのは娼婦の姿です。そして、貧乏人の家計簿で目立つのは「家賃」と「洗濯代」。家賃は高いのに上水道も下水道もないから、結局洗濯は外注になる、ということがこの家計簿から読み取れます。なお、カフェに出かける人は光熱費(ロウソク代や薪代)が節約できるので、外食費(や教養費)と光熱費はバーターの関係になるようです。
 そして「馬車が買いたい!」。馬車を持たないダンディー君たちは、強烈な上昇志向を「馬車」に向けました。一昔前の日本の「女にもてるために格好良い車が欲しい」と似ているのかな? ただ「馬車」は「ステイタス・シンボル」であると同時に「実用」でもありました。当時のパリの街路はごみの吹きだまりで、徒歩だと「ダンディーな服装」がすぐにどろどろになってしまうのです。『ゴリオ爺さん』では「3万フラン出しても買えない馬車」を「3箇月を130フランで生活する男」が渇望する場面があります。彼はこれから、上流階級と戦うだけではなくて、自分の自尊心とも戦わなければなりません。つまり、19世紀のフランス文学作品の何割かは「馬車が買いたい!」の物語だったのです。なお「馬車」の中にも「階級差」がありますが、本書では親切にも親切な解説や図が掲載されています。もっとも私はあまり熱心な読者ではないので、人に詳しくその解説の解説はできません。興味のある方は本書をお読み下さい。


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