私が子供の時には「当用漢字」と「教育漢字」それと「人名用漢字」がありました。ところが昭和56年(1981)に「当用漢字」が「常用漢字」に改められてしまいました。これが私には覚えにくくて困ります。「三つ子の魂百まで」ではありませんが、子供時代に刷り込まれた知識は、なかなか改定しづらいものです。
【ただいま読書中】『常用漢字の歴史』今野真二 著、 中公新書2341、2015年、860円（税別）
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4121023412/ref=as_li_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4121023412&linkCode=as2&tag=m0kada-22&linkId=fc8dadfdf1b2c17573aa34223f7ac3da
出版が盛んになった江戸時代にも「日常的に用いられる漢字」はありました。著者は実際にテキストから漢字を抽出する調査を開始します。そこでまず気づいたのが「当て字の多さ」。本当に自由自在に漢字を使っていて「一般的な漢字の使い方」がかえってわかりにくくなっています。そういえばたとえば『東海道中膝栗毛』でも「喜多八」という固有名詞でさえ何種類もの表記が登場して自由自在だったなあ、ということを私は思い出します。
慶応二年(1867）前島密は将軍徳川慶喜に「漢字御廃止之議」を提出します。西洋と同じく「簡単な文字だけ」で表記をしろ、漢字は使うな、という提言です。文化の話というより、中国の影響から脱して西洋に向かう、という政治的な基本姿勢でしょう。
明治五年（1872）学制が始まり、文部省は『新撰字書』編集を開始しました。そこで「世間でもっともふつうの漢字」3167文字が選定されました（この草案は残念ながら関東大震災で焼失しています）。これには「莠（はぐさ）」「胼（あかぎれ）」「鑽（ひうちがね）」など時代を感じさせる文字が含まれています。福沢諭吉は『第一文字之教』（明治六年）で「日常に必要な漢字は二千〜三千ではないか」と論じています。福沢諭吉は根拠を示さずアバウトに字数制限を唱えましたが、矢野文雄（龍渓）は『日本文体文字新論』（明治十九年）で根拠を示して「常用の漢字は三千文字で十分」と論じました。明治三十二年に「帝国教育会」に「国字改良部」が設けられ、「文字」「国語」「文体」「書体」について帝国議会に請願書を提出します。「書体」というと私はピンときません（せいぜい「フォント」を思うだけです）が、明治は「手書きの時代」で、小学校ですでに行書体を習っていたりするので、どの書体を公認するか、も重要な問題だったようです。
明治三十三年に第三次小学校令が出され、その第三号表で「小学校で教えるべき漢字」1200文字が明示されました。ただし、人名・地名・ものの名称などで第三号表にない漢字を使うことは認められています。
「ローマ字論者」も多数登場しました。「日本語をローマ字だけで書く」というとなんだか極端な気もしますが、本書には「ワープロでローマ字入力する人は『日本語をローマ字で書いている』人」という指摘もあります。あら、私もだ。
明治以降に国の機関が定めた「漢字表」は９種類。面白いのは、名称が転々としていること。大正十二年は「常用漢字表」、昭和十七年は「標準漢字表」。昭和二十一年「当用漢字表」（1850字）と二十三年の「当用漢字別表」（881字）で私は育ったことになります。そして昭和五十六年にまた「常用漢字表」に戻っています。
当用漢字表は「法令・公用文書・新聞・雑誌及び一般社会で使用する漢字の範囲を示したもの」だそうです。さらに、明治とは違って「表の漢字で書きあらわせないことばは、別のことばにかえるか、またはかな書きにする」「ふりかなは原則として使わない」というきつい制限も加わりました。その結果新聞では「陥穽」「瀆職」は「落とし穴」「汚職」に言い換えられることになりました。
文部省は明治四十一年『漢字要覧』で「標準の字体」を「楷書」に定めました。江戸時代には「手書き」は「行書体、草書体」、印刷は「楷書」が「標準」だったのですが、それを統一したわけです。
「略字」の問題もややこしい。たとえば「气」は「気」の略字ですが、そもそも「気」も「氣」の略字です。略字ではなくて「正しい漢字」で書くべき、とすると「すべての気」を「氣」で書かなきゃいけなくなりそうですが、私はなんだかそちらには気が乗りません。
有名な「一点しんにゅう」と「二点しんにゅう」の問題や、「青」と「�悄廖福屬気弌廚蓮峪�」で表記されます）、音と訓など漢字に関してややこしい話はいくらでもあります。さらに漢字は「生きもの」なので、どんどん変化しようとします。使われない漢字は「常用」ではないから表から削除されるべきでしょうが、それで不便になる人は例え少数でも確実に存在します。といって無制限に字数を増やすこともできません。「使用できる漢字を表で制限する」という発想そのものをなんとかする必要があるのかもしれませんが、完全に無制限だとコミュニケーションに障害が生じるかもしれません。なかなか難しいものです。
手書きだと私は使える漢字に自動的に制限が生じます。ところが日本語変換プログラムを使うと、使いたい放題で、手で書けない漢字でもどんどん使うことが可能です。可能ですが、私はなるべく推敲の時に「自分が書かない漢字」はかなに開いてしまいます。「何を書くか」「どう書くか」だけではなくて「どのような漢字を使うか」も「オリジナリティー」だと思っていますので。それ（私がどんな人間か）を国に指図して欲しくないなあ。
ログインしてコメントを確認・投稿する