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2017年03月01日07:11

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貧困なき世界

 貧富の差を完全になくすことは不可能でしょうけれど、極貧を普通の貧乏くらいにすることは可能でしょう。するとそれはかつての「一億総中流」の日本と似ていることになりません? あそこでは皆ふつうに貧乏だったわけですから。ということは、今のような格差社会になる前の日本はかつては世界の“先進国家”だったということに?

【ただいま読書中】『ムハマド・ユヌス自伝 ──貧困なき世界を目指す銀行家』ムハマド・ユヌス&アラン・ジョリ 著、 猪熊弘子 訳、 早川書房、1998年、2000円(税別)
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 バングラデシュの東南部に暮らすソフィア(21歳、3人の子持ち)は、仲買人から5タカを借り、それで竹を買い、1日で編んで椅子を作ります。それを仲買人は(相場より安い)5タカ50パイサで引き取ります。つまりソフィアの儲けは50パイサ(=アメリカドルで1.6セント)。1日で椅子ができなければ借りた金に利息が付きます。人によって違うけれど、1日〜1週間で10%。分割払いは認められません。
 チッタゴン大学経済学部の教授ムハマド・ユヌスは、1976年に大学に近いジョブラ村にフィールドワークに出かけ、ソフィアに出会います。最初の16セントの金がないために貧困の連鎖の中に囚われている人に。学生たちに村を調査してもらい、42世帯が27ドルがないためにソフィアと同じ貧困の罠に捉えられていることを知った著者は、ポケットマネーから27ドルを無利子・無担保・催促無し、で村人に貸します。だけどそれは根本的な解決ではありません。眠れない夜を過ごし、著者は自分が何をしなければならないかを悟ります。
 著者はチッタゴン(人口300万の商業都市)で宝石商の息子として生まれました。チッタゴン大学を卒業後経済学の教員として採用され、アメリカ留学で目から鱗が落ちる思いをします。留学中に結婚、そしてバングラデシュ独立戦争が始まります。著者はアメリカで独立のために奔走、独立戦争が荒廃した国を立て直すために帰国します。そして「現実の問題」を直視し、その根本原因を見つけ、それに対する対策を立てようと努力を始めます。このへんの態度はTQCでなぜなぜ分析を行うことを似ています。ただ著者は「大学の外こそが教室だった」と自分が「現実から学んでいるのだ」と割と謙虚に主張しています。
 貧困を撲滅するためには、ほんの少額のクレジット(マイクロクレジット)で十分だ、という著者の理想を現実化するために必要なのは「制度」と「資金」です。著者は「現実(貧困から目を背けようとする体制側)」と戦いながら「現実(極貧の人が困っている状態)」と戦おうとします。
 バングラデシュには女性差別があります。「貧乏な女性」はだから二重に苦しめられています。しかし……と著者は考えます。もっとも苦しんでいる人は、そこから脱出するためにはもっとも働くのではないか? 1976年にグラミンの実験を著者らは始め、そこで女性、特に母親を貸出先に設定したとき、それに反対したのは、夫・ムーラー(宗教家)・経済の専門家・政府の役人でした。そんなことにお構いなく、著者たちは村を歩き回り、融資先を見つけていきます。
 著者は借り手に「グループ」を作らせます。個人ローンは認めません。グループの力でお互いに協力し合い,マイクロクレジットを活用して生活を豊かにし、返済を続けることができるようにするのです。担保も何もない貧困層ばかりですが、返済率は98%。
 ここで話が「貧乏人に少額の金を貸せば、それで問題が解決する」ではないことが明らかになります。著者自身もそう思っているから「グループ」を作らせたのでしょう。自分がよく知った人々の中で返済できないことは恥になります。それが社会的プレッシャーとして機能します。さらに個人のアイデアだけではなくて周囲から様々なアドバイスを得ることで金の活用は容易になります。また、夫に金を奪われた場合グループの人間の助けを得ることもできます。つまり「帳簿(数字)」だけではわからないところにグラミンの成功の秘訣があった、ということです。だとしたら、日本の生活保護が貧困層の根本的な生活改善にはそれほど役立っていない(その場しのぎでしかない)理由も、このへんからわかるような気がします。グラミンから人々が受け取っていたのは「金」だけではなくて「自分の未来」だったのです。
 著者は自分のことを教育者向きだと思っていますが、それは正しい認識です。「グループ」は5人で組みますが、「リーダー」は徹底的に訓練されます。友人知人を誘い、拒絶され、やっと参加してくれても離脱され、そのたびに説明を繰り返すことがそのまま「訓練」です。さらに5人揃ったらそこで「テスト」があります。グラミンのシステムについての口頭試問です(バングラデシュの識字率はとても低いのでペーパーテストは非現実的です)。全員が合格したらまず二人に貸し付け。その二人が6週以内にきちんと返済できたら次の二人に貸し付け。リーダーが借りることができるのは最後です。グラミンの女性行員も「訓練」されます。女性は家の中に引きこもっているのが常識の社会で、一人で村に出かけて知らない人と話をしなければなりません。遠いところには自転車で行きますが、これまたバングラデシュの社会では「(女性が自転車に乗ることが)驚天動地の出来ごと」でした。
 グラミンで驚くことには、借用書や契約書もないことです。「信用」がすべてなのです。それと、利息が20%という高利であることも私にとっては驚きでした。借りた人はそれを50回払いで50週かけて返済していくのです。それでも98%の返済率! ちなみに金持ち相手のバングラデシュ工業開発銀行の返済率は10%です。金持ちの方が借りた金を返さないようです。(イスラム法では、利息を取ることは禁止されています。しかしグラミンは銀行そのものが貧者のものであり「自分で自分から利息を取っている」という解釈で、利息が公認されているそうです。だからこそ著者はグラミンに出資して稼ごうとする資本主義からの動きに抵抗し続けているのでしょう)
 楽しい挿話もあります。著者がある村の道を歩いていると一人の若者と同道することになりました。会話をしているとその若者の妻もグラミンから金を借りて、そのおかげで生活が豊かになってきたと言うのです。ただ困ったのは、これまでのように若者が妻を殴って楽しもうとすると「グループ」の女性たちが大挙して押し寄せてきて文句を言うようになったことだそうです。著者は「自分の緊張を解く別の手を探すように」と勧めます。
 マイクロクレジットのおかげで家族のために稼ぎ返済を継続することで自分への誇りを得た女性たちは、投票にも行くようになりました。女性の投票率がどんどん上昇していったのです。著者は別にそれを狙っていたわけではありませんが、だからと言って意外だとも思いませんでした。
 本書執筆時に、グラミン方式のマイクロクレジットは世界58ヶ国で実施されています。カナダやUSAでも行われています。日本では必要ないんでしょうか?


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