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2016年10月10日06:31

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シェイクスピアのパスポート

 「シェィクスピアの正体は誰だ」についていろんな説があるそうですが、その一つに「イギリスの外交官もしていた貴族だ」というものもあるそうです。で、その説を紹介していたテレビ番組では、「グローブ座の座付き脚本家のシェイクスピア」が「あのシェイクスピアではない」根拠として、「シェイクスピアはパスポートを持っていなかった(外国に行ったことがない)」もあげていました。そこで私は引っかかりました。外国に行ったことがなくても外国に行った人に入念にインタビューをしたりすれば外国を作品の舞台にできますし(たとえば近松門左衛門は「鎖国の日本」にいましたが『国姓爺合戦』を書きました)、そもそも「シェークスピアが生きた時代」にパスポートがしっかり機能していましたっけ?(大陸にグランドツアーに出かけたイギリス貴族の子弟は、パスポートよりは紹介状を大切に持って行ったはずです) ということで、「パスポート」についてちょっと読んで見ることにしました。

【ただいま読書中】『パスポートの発明 ──監視・シティズンシップ・国家』ジョン・トーピー 著、 藤川隆男 監訳、 法政大学出版局、2008年、3200円(税別)
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 中世ヨーロッパでは「(生地を離れての)移住」は「異常な行動」でした。「人の移動」は「商品の流通」に準じて考えられていましたが、封建制度では人は「領主の財産」として扱われていたからかもしれません。
 フランス王国では「パスポート所持」が義務づけられていましたが、それは厳格なものではありませんでした。国境で「パスポートをなくした」と主張したらその場で再発行がされていたのです。事情が激変したのは「国王の逃亡」事件です。フランス革命の理念からはパスポートは「アンシャン・レジームの象徴の一つ」でしたが、国境を自由化したなら、国王は逃亡しようとするし亡命者が国境の向こう側で革命の敵として牙を剥こうとします。そのため「自由」よりも「国の安全」が優先され「パスポート」が厳格に適用されることになりました。
 ナポレオン“以後”、西欧各国では「パスポート」が重視されましたが、「国境を越える」場合だけではなくて「国内の移動」でもパスポートが重視されていました。江戸時代の日本の道中手形みたいですね。たとえばプロイセンでは、「パスポートを持っていたら国内の移動は自由」という建前でしたが、警察が求めたらいつでもパスポートを示す必要がありました。またプロイセンは「国民の出国」に対して非常に厳しい態度でしたが、これは“頭脳流出”を恐れたからかもしれません。そこで活用されたのが「出国しようとする国の受け入れ証明」です。これは現在の「査証システム」のはしりと言えます。
 イギリスで著者が注目するのは「救貧法」です。これによる「貧民の管理」はあまり成功していませんでしたが、19世紀初めのイギリスでは「貧民の困窮問題解決」のために「失業者の輸出」を目指していました。ところが同じ時期にアメリカ(イギリスからの移民の主要な目的地)が移民の制限を始めます。1834年の「新救貧法」で「国内移動制限の緩和」が行われ,都会にますます貧民が集中することが予想され、イングランドでの「外国人流入に寛大」という「伝統」が方針変更。外国人が入国する場合「身元について口頭で申告」か「パスポートの提示」が求められるようになりました。
 興味深いのは、封建制の崩壊によって「国内移動の自由」が発生すると、それとリンクするように「国境を越えての移動」が困難になっていくことです。「(近代的な)国」が確立すると「国民」と「外国人」を峻別する必要が生じ、そのために「パスポート」が重要性を増した、ということでしょう。
 国家は国民を「掌握」「管理」しようとします。勝手に移動されるとそれが困難になります。だから「パスポート」が必要になります。そういえば「マイナンバー」も「掌握」「管理」の手段の一つですね。ただ、パスポートがそういった機能を持たされたのはそれほど古くからではありません。19世紀には人びとはまだけっこう自由に(パスポートの“抜け穴”を使って)世界を移動していました。それが難しくなったのは第一次世界大戦以後のことです。パスポートの存在は私にとっては“当たり前”だったため、「移動の自由」を国が管理している、という本書の指摘は私にとっては新鮮でした。ただ現在のグローバル化・ネット社会ではたぶん次の動きが起きているはずです。次世代のパスポートはどうなるのか、というか、「国」の形態がどうなるのか、これから興味深い変化が起きていくのかもしれません。情報と経済はもう完全に国境を無視していますから、「人(の移動)」もそうなっていくかもしれません。


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