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2016年10月04日07:09

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人類のオートファジー

 ノーベル賞の季節となり、早速日本人の受賞者が発表されました。
 私がふっと想起したのは、日露戦争後の講和条約で「平和」をもたらした功績でセオドア・ルーズベルト大統領がノーベル平和賞を受賞したことです。だけど大統領は「善意」からこの行動をしたわけではなくて「日本に朝鮮をやるから、アメリカのフィリピン支配に日本はちょっかいを出すな」という「交換」をしていたわけで、結局これが第二次世界大戦の遠因となっています。戦争と平和は、ややこしい。「因果関係」は複雑で面倒くさい。

【ただいま読書中】『人という怪物(下)』(混沌の叫び3) パトリック・ネス 著、 金原瑞人・樋渡正人 訳、 東京創元社、2013年、2300円(税別)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4488010032/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4488010032&linkCode=as2&tag=m0kada-22
 教育を一切うけていないトッドは、字が読めません。それが彼の劣等感の一つです。しかし、文字を持たないスパクルたちが情報を共有できていることにヒントを得た首長は、トッドに即席教育を施します。「字の読み方」を「ノイズ」で伝えたのです。
 首長はなぜかトッドをまるで自分の子供のように扱いました。トッドを「自分の良心」と呼び、一緒にこの惑星を統治しようと誘いかけます。そこにトッドの「父親」ベンが現れます。首長の実の息子に殺されかけ、そのままスパクルの捕虜となっていたのが、和平交渉が進展したために解放されたのです。ベンはずっとスパクルと一緒にいたため、スパクルの意思伝達の方法を身につけていました。
 本シリーズでは「穢れた人間がそこからいかに生きるのか」が最初から問われていました。殺したくないのに殺してしまったらどうすれば良いのか、殺したくて殺してしまったらどうすれば良いのか、人を操ってしまったらどうしたらよいのか……何度も何度も問いかけが続き、その回答は簡単には与えられません。だからトッドもヴァイオラも自分で考え迷い悩み苦しみ続けます。
 しかし悩まない人もいます。「自分の信念」「正義感」「復讐」に疑いを持たない人たちは、迷わず悩みません。本シリーズでは迷う人と迷わない人との対比が実に鮮やかに描かれています。こんな“重い”テーマの本が図書館で「子供向けコーナー」に置かれていて良いのか?と私は思います。
 さらに「権力は腐敗する」が実は「それまで真っ当だった人が、権力者になること(権力を行使する快感)によって腐敗する」ことでもあることが感覚的にわかりやすく示されます。これまた重いテーマです。
 それでもやっとつかみかけた和平が壊されたとき、トッドとヴァイオラはまた離ればなれになり、それぞれが孤独な戦いを強いられることになります。そして、衝撃的な結末が。


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