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2016年09月06日07:09

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突然歌い出したい気分

 ミュージカルを評して「突然歌い出したり踊り出すのは、変」という意見があります。私もミュージカル初心者の時にはそう思っていました。しかし、優れたミュージカルを見ていると、そんな原始的な感想はどこかに蒸発してしまいました。それどころかかつての自分に対して「だったら、突然見得を切るのは変、と歌舞伎座に行って言えるのか?」と聞きたくなっています。これが人間の成長の証しなのかな?
 ところで、実際に行動としてやるかどうかは別として、突然歌いたくなったり踊りたくなったりすることは、人の心の中で日常的に起きていることではありません?

【ただいま読書中】『ミュージカル史』小山内伸 著、 中央公論新社、2016年、1800円(税別)
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 歌や踊りを含む演劇は、歴史上は古代ギリシアまで遡れます。そういえば「コロス」というものもありましたっけ。映画「アマデウス」であったようにモーツァルトの時代ころのオペラにはバレエが当然のように含まれていましたが、いつの間にか分離してしまい、現在でも「バレエつきのオペラ」で上演されているのは「サムソンとデリラ」(サン=サーンス)くらいでしょうか。ところが分離したはずの「演劇」「踊り」「歌」が融合して成立したのがミュージカルです。さて、それはどのようにして出来上がったのでしょう。
 はじまり、はじまりぃ。
 1728年ロンドンで初演のバラッド・オペラ「乞食オペラ」は、オペラと名乗っていますがレシタティーボのかわりに大量の台詞が用いられ、当時の流行り歌を編曲してそこに新規に作詞をした歌(つまりは替え歌)が歌われていました。これが「ミュージカル」の原型とされています。内容は社会諷刺。なお、1928年に200周年を記念して、「乞食オペラ」を翻案した「三文オペラ」が上演されました。現在はこちらの方が有名ですね。
 著者は「魔笛」(モーツァルト)もミュージカル(に近いもの)に分類しています。根拠は「歌と台詞で構成されている」「庶民が対象」。当時の貴族には「イタリア・オペラ」こそが“正義”だったので、非イタリア人のモーツァルトと非イタリア人で非貴族の庶民は「オペラではないもの」に魅力を感じていたのかもしれません。
 19世紀半ば、パリでオペレッタ(「小さなオペラ」=軽歌劇)が生まれます。オペラより規模が小さく娯楽性が高く歌い手が台詞や踊りも担当しました。同時代、英国では「ギルバート=サリヴァン」の「サヴォイ・オペラ」が人気を博しましたが、これも形式上はオペレッタとほぼ同じものです。同時代のアメリカで人気だったのは「ミンストレル・ショー(白人が顔を黒く塗って、歌・ダンス・ジョーク・奇術・曲芸などを滑稽に演じる出し物)でした(フォスターはミンストレル・ショーに楽曲を提供した最初のヒット・メーカーです)。「バーレスク」は英国で発展した風刺劇ですが、それがアメリカに伝わるとエロ満点の喜劇になりました。英国のミュージック・ホールでは実に様々な演芸が行われていましたが、それがアメリカに伝わるとヴォードヴィル(ヴァラエティー・ショー)になります。ヴォードヴィルは雑多な個人芸の集まりでしたが、フランス生まれのレヴューには全体を統べるコンセプトがありました。
 これらのすべてがミュージカルの素地となりますが、「ショー」が多かったことがミュージカルの性格を決定づけます。音楽劇では「ストーリー」が重要ですが、ショーでは場面ごとの面白さが重視されます。この矛盾した性質を統合していくのが、ミュージカルの歴史になります。
 19世紀末、ガス灯から電灯への移行により、舞台は明るくなりみすぼらしい書き割りは通用しなくなります。美術装置が進歩し、照明はそれを照らすだけではなくて装置の一部として機能するようになります。「劇」そのものが大きく進歩し始めたのです。役者にももっと派手な“動き”が要求されるようになります。
 ヨーロッパからアメリカに続々と優れたレヴューやオペレッタが輸出され、アメリカでも作られます。そのとき、ラグタイムやそこから発展したジャズがどんどん使われました。アメリカ発の「ミュージカル・コメディー」の誕生ですが、内容はまだ軽くて他愛のないものでした。
 そこに革新を持ち込んだのが「ショー・ボート」(1927年初演)です。劇場船で働く芸人たちの人生(なんと40年分!)を描く「ミュージカル」です。アメリカの劇場では、オペレッタ・レヴュー・ミュージカルが競い合います。1929年世界恐慌、厳しい世相に合わないオペレッタが衰退します。刹那的にひたすら楽しいレヴューは繁栄。そしてミュージカルは政治風刺や社会批判路線で成功します(大恐慌をもたらした政治を批判することが受けたのです)。さらに、たとえば芸人を主人公にすることでバレエがストーリー展開に必須の要素となり、「オクラホマ!」では深層心理の表現としてバレエが使えることが示されました。「オクラホマ!」のリチャード・ロジャース(作曲)とオスカー・ハマースタイン2世(作詞・脚本)のコンビは「回転木馬」「南太平洋」「王様と私」「サウンド・オブ・ミュージック」などの傑作を生み出しています。
 20世紀半ばには新しい才能が次々参入し、コメディーは成熟し、名作が次々生まれます。ロング・ラン記録も次々更新されていきます。さらに20世紀後半に、新しい作風の(ロックオペラの「ジーザス・クライスト・スーパー・スター」とか血まみれで猟奇的な「スウィーニー・トッド」とかの)ミュージカルが次々出現します。
 1980年ころから「ロンドン・ミュージカル」(「エヴィータ」「キャッツ」「レ・ミゼラブル」「オペラ座の怪人」……)が世界を席巻するようになります。もちろんブロード・ウェイも黙ってはいません。
 本書では好きなミュージカルが次々紹介され、私は嬉しさを感じながら読めました。「ウェスト・サイド・ストーリー」が最初は「イースト・サイド・ストーリー」で構想されていたとか初演時の評判は今ひとつでトニー賞は振り付けと装置の2部門だけの授賞だったのが映画化で人気に火がついた、といった私がこれまで知らなかったことも本書で紹介されています(そういえば私にとって「ウェスト・サイド・ストーリー」は映画が“デフォルト”だったので、舞台を見たときにはびっくりしましたっけ)。
 日本はありがたい国で、料理と同様、ミュージカルでも世界の素晴らしいものが次々輸入されてきます。しばらく舞台鑑賞から遠ざかっていましたが、また何か見に行きたくなってきました。


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