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2016年04月25日06:53

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英雄願望

 世の中には、「英雄」になりたくて落ち着かない目つきできょときょとしている人がいますし、「英雄」なんかになりたいとは思っていなくても状況で仕方なく「英雄的な行為」をおこなう人もいます。
 「英雄的な行為ができた」ということは「準備はできていた」ということなのでしょうが、できたらそういった「準備」は無駄になる方がありがたいですよね。「英雄的な行為」を必要とする状況は、つまりは非常時ですから。
 ということは「自分が英雄であることを世間に示したい」と願う人は、世の中が非常時になって多くの人が大変な状況になることを願っている、ということに? なるほど「他人を救うために望まずに英雄的な行為をしてしまう人」がふだんから「自分は英雄になりたい」なんてことを願わないわけだ。平時にも非常時にも他人の不幸を望まない、という点では首尾一貫しているわけですから。

【ただいま読書中】『機長、究極の決断 ──「ハドソン川」の奇跡』C・サレンバーガー 著、 十亀洋 訳、 静山社文庫、2011年、838円(税別)
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 2009年1月15日ニューヨークのラガーディア空港を離陸した直後、著者が操縦するエアバスは大規模なバードストライクに見舞われました。大型のカナダガンの群れをエンジンに吸い込んでしまったのです。乗客でも感じる恐ろしい衝撃。エンジンは咳き込み、止まります。二つとも。著者は瞬時に判断をし、ハドソン川に不時着水をします。そして気づいたのです。この「道程」は、ラガーディア空港から始まったのではなくて、その何十年も前に始まっていたのだ、と。それまでの自分の人生すべてが、あの5分間の飛行に凝縮されていた、と。
 著者は少年時代に飛行機に夢中となり、17歳で操縦免許を取得。空軍士官学校に入学すると、なんと在学中に飛行教官資格を得ています。そして憧れのジェット戦闘機パイロットに。底でも彼の基本姿勢は17歳の時と変わりません。安全と規律を重視し、事故に出会ったときにはそこから何かを学ぼうとします。
 さらに、私生活もまた「ハドソン川」につながっているのだそうです。しかし私は本筋以外の話、アメリカの養子制度についての部分に驚きました。著者夫妻は不妊だったため養子を迎えましたが、まず実の親による審査があって多くの候補者の中から養親として選ばれる必要があります。そして選ばれたら、出産の時に病院から連絡があり、駆けつけたら生まれたばかりの赤ちゃんを受け取る、というやり方で二人の娘を得ているのです。これ、アメリカでは普通のやり方なんでしょうか。
 著者は先人への敬意の表明も忘れません。たとえば大型機の意図的な川への着水実験は1944年におこなわれています。もちろん事故での着水も数多くあります。それらの知識を著者は「自分のもの」としていました。さらに航空機の事故調査にも参画しています。もちろん「前の事故」とまったく同じ事故が再現されることはあまりありませんが(というか、そんなことがないように対策が立てられるし、そのために調査が必要なのです)、「事故は起きるもの」という“覚悟”と、「何か起きたらどうするか」を瞬時に判断できるように“準備”しておくことが、著者にはできていたようです。
 一番近い飛行場は、まさに出発したばかりのラガーディア。しかしそれは背後です。高度も速度も不十分でエンジンが死んだ飛行機で高層ビルの間を縫ってUターンできるか? 著者は瞬間的に判断します。ハドソン川だ、と。
 担当の管制官には災厄の日でしたが、幸いなことに彼は非常に優秀な人だったようです。マニュアルではこんな場合管制官はパイロットを質問攻めにすることになっています。「残燃料は?」「搭乗人数は?」などなど。これはもちろん「必要なデータ」です。空港の救急隊や消防隊に必須の情報ですから。しかしこの日、管制官は「操縦で手一杯のパイロットにそれ以上の負担をかけない」という選択をしました。なかなかできることではありません。
 バードストライクから着水まで208秒。機長が乗客にアナウンスできたのは、着水19秒前のことでした。それまで現状把握と操縦とチェックリストの確認と管制との連絡に手一杯だったのです。乗客の中にはあとになって「あまりに詳しい説明をしてくれなくて、かえって良かった」と言った人もいたそうですが。
 着水には見事に成功。しかしそれで“ハッピーエンド”ではありません。こんどは「脱出」です。1月のニューヨークのハドソン川。外気温はマイナス6度。機体はいつ沈むかわかりません(実際に後部機体が破損してそこから浸水が始まっていました)。ここで私が驚くのは(本書で驚くのはこれで何回目?)、バードストライクの瞬間に非常ドアの開け方の説明書を読みなおしていた非常口座席の乗客がいたことです。知識が頭に入っているから、その人はすぐに扉を開けることに成功します。著者は逃げ遅れた人がいないかどうか、機内を二往復します。数分後には川のフェリーが続々と救助に到着。現場の混乱が収まり、気を揉み続ける著者が「死者ゼロ」を知らされたのは4時間後のことでした。
 またまた驚くのは、著者が「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」になったことです。あまりに強いストレスだったため、奇跡を成し遂げた“ヒーロー”なのにPTSDになってしまったのです。もっとも本人は「自分はヒーローではない」と(その根拠もつけて)明確に述べているんですけどね。
 そうそう、これまた“本筋”ではありませんが、著者が「図書館派」であることに私は非常な親近感を抱きました。まったく、本筋以外にばかり注目しているようですが、非常に“豊か”な本だからこれだけいろんな読み方ができるのでしょう。飛行機事故に興味がない人も、本書からは何か“楽しみ”や教訓が得られると思いますよ。


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