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2016年04月04日06:50

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ペナルティー・キックの両側

 サッカーでペナルティー・キックを受けるゴールキーパーの立場に立つと、セットされたボールはやたらと近く見えます。ところが蹴る側の選手の立場に立つと、ゴールはやたらと遠く見えます。
 同じ距離なのにね。

【ただいま読書中】『PK ──最も簡単はなずのゴールはなぜ決まらないのか?』ベン・リトルトン 著、 実川元子 訳、 カンゼン、2015年、2800円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/486255315X/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=486255315X&linkCode=as2&tag=m0kada-22
 サッカーでおそらく最も簡単なはずのゴールがペナルティー・キック(PK)です。距離はわずか12ヤード。ボールは静止していて、自分の前にはゴールキーパーひとりしか存在しません。蹴るタイミングも方向も強さもすべてキッカーが自分で決定できます。ところがこれが難しいんです。本書はその「簡単さ」と「難しさ」について熱く語った本です。
 まずは「イングランド病」。最近の主要大会のPK戦でことごとく負けているイングランド代表についての章ですが、ここで示された各国のデータで「PK成功率が75%を切ると、PK戦の勝率が50%を切る」ことが読み取れることが非常に興味深い。ということは、最初の5人で2人が外すとチームは負ける確率が高くなるわけです。で、こういった場合「キックを外した選手」に注目が集まりますが、著者は「イングランドに勝った側」に注目します。どうして勝てたのか、と。
 「失敗するのなら、PKの練習をすれば良い」という意見があります。ところが選手からは「本番と同じ条件の練習なんかできない」という意見が。90分のゲームと延長戦で疲労困憊し、数万人の観衆とテレビの向こうの数百万(あるいは数千万人)の視聴者に見つめられている、という重圧の中でのキックをどうやって練習しろ、と? ちなみに、プロ選手のPKの成功率は78%くらいですが、ワールドカップではそれが71%に下がります。「重圧」は目に見える形で存在しているようです。
 PK戦でのスウェーデン代表の心理分析では、控え室では苛立ち・センターサークルではストレス・ペナルティスポットまで歩くところでは孤独感・ゴールキーパーに正対する場面では不安感、を感じる選手が目立ちました。ならば、そういった感情に対して何か手を打つことができれば、PK成功率は上がるはずです。さらにその本で注目するべきは「ミスを予測する」「ミスを受け入れる」という対策だけではなくて「実際にPKをミスしたときの対策」まで紹介されていることです。ただ「ミスを受け入れる」は、個人としてはできても、チームとしては難しいかもしれません。特に国の代表チームの場合には。
 PKには「パネンカ」という特別なシュートがあります。キーパーがダイブしたその上をあざ笑うかのようにゆるりと越えてゴール中央に決まるチップキックです。これを初めて決めたのが、チェコスロバキアのアントニン・パネンカ。1976年欧州選手権決勝(相手は西ドイツ)でのことです。重要な場面でPKを失敗した選手は、それまでの全キャリアが忘れられて「あのPKを失敗した選手」として記憶されることがありますが、パネンカは逆でそれまでの全キャリアが忘れられて「あの美しく衝撃的なPKを成功させた選手」としてだけ記憶されてしまったようです。本人はそれがちょっと悔しそうなのが印象的でした。
 オランダにはPKの技術に関する本を書いて、選手たちには全く無視された経営コンサルタントのフェルゴウヴという人もいます。無視した一人、オランダの英雄クライフは「PKは練習できない」とずっと主張し続けているそうですが、実は彼は現役時代にPKを蹴ったことがほとんどないそうです。理由は、下手だから。しかしフェルゴウヴは「フリーキックの練習は熱心にするのに、PKの練習ができない、というのは、変じゃないか?」と簡単な指摘をします。
 ザンビア代表のPK戦は、わずか10ページの記述ですが、これだけで1冊の本になる内容です。1993年に飛行機事故で代表チームをまとめて失ったザンビアはそこからチーム再建をはじめ、2012年アフリカンネイションズカップでついに決勝に進みます。スタジアムは、墜落事故現場からほんの数マイルに位置していました。そして試合はPK戦に。倒れたヒーローの鎮魂歌であるチポロポロ・ソングがスタジアムに満ちる中、PK戦は延々と続き、ついに18人目のストッピラ・スンズが蹴る順番が回ってきます。彼は、歌いながら、祈りながらボールをキックします。
 ビッグ・データの活用、心理学の応用、正しいPKの蹴りかた……さまざまな話がつぎつぎ登場します。本書がどうしてこんなに分厚い本になってしまったのか、読んでいてわかります。というか、もっともっと内容があるはず。本書は一応終わってしまいますが、もしかしたら続編があるのかもしれません。


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