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2015年11月11日06:52

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バカの証明

 難しいことを難しく説明するのは、馬鹿でもできます。

【ただいま読書中】『ネアンデルタール人は私たちと交配した』スヴァンテ・ペーボ 著、 野中香方子 訳、 文藝春秋、2015年、1750円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/416390204X/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=416390204X&linkCode=as2&tag=m0kada-22
 タイトルはなかなか刺激的ですが、著者はスタンドプレーを嫌いフェアで学問的に厳密に立証された結果を重んじる態度です。つまり、意見が違う陣営の科学者でも少なくとも方法論に関しては著者に賛成できるように論文を書こうとします(実際に、まったく意見が違う学者も著者の論文に対しては「もしもこれができる研究者がいるとすれば、それはスヴァンテだろう」と述べています)。科学論文を掲載するレベルの高い雑誌としては「ネイチャー」や「サイエンス」が広く知られていますが、著者から見たらそれらには「学問として厳密ではない論文」もセンセーショナルな内容なら掲載する雑誌でしかないようで、ネアンデルタール人のDNA解析についての本当にすごい論文を著者は「セル」誌に投稿することにしました。「ネイチャー」や「サイエンス」に対する痛烈な批判です(著者の口調は非常に穏やかですが)。
 学生の時将来の進路として、古代エジプト学と医学の間で迷っていた著者は、その両方を満足させる道を見つけます。古いミイラの遺伝子の研究です。
 DNAは不安定で、日常的に破壊されては修復を繰り返しています。その破壊は死後も起き、死体のDNAは基本的には断片になってしまっています(死後は修復は起きませんから)。例外は、たとえばミイラ。水がないと酵素による破壊は起きず、DNAが保存されることがあるのです。著者は東ドイツの博物館でミイラの試料を入手、そこから遺伝子抽出に成功します。1986年ニューヨークのコールド・スプリング・ハーバー研究所でその講演をした著者は、同じセッションで新しく開発されたPCR法(遺伝子を画期的に増幅させる方法)の発表を聞きます。これだ! 著者の実証的な研究により、古びた博物館は突然「貴重な資源の宝庫」になります。現生の生物の御先祖様たちが剥製となって保存されているのですから。
 著者は若くしてミュンヘン大学の教授となりますが、そこで「試料が現代人のDNAや微生物に汚染されやすいこと」に気づきます。古代のDNAを調べているつもりでその試料にうっかり触った現代人のDNAをせっせと増幅しているのでは、意味がありません。そこで実験に厳密な手続きを著者は定めます。古代のDNA解析専用のクリーンルームを造り(微生物のDNAが混入することを防ぐため)操作手順に厳密な基準を設けます。著者本人が「パラノイア的」と言うくらいに厳密なやり方ですが、それでも混入はありました(試薬そのものに現代人のDNAが混じっている場合さえあるのです)。挫折を繰り返しながらもクリーンルームと操作手順が確立して、やっと研究が始まります。著者らは「骨」から古代のDNAを回収することに成功します。
 ところが、著者らが挫折を繰り返している間に、世界では「1700万年前の植物のDNAが!」「恐竜のDNAが!」といった華々しい論文がたくさん生産されていました。しかし著者の追試では、それらはすべて「現代のDNAの混入」です。クリーンルームも使わず、いい加減な手順で全自動のPCR装置に試料を突っ込むだけで、出た結果を念入りな検証もせずに華々しく発表する態度に対して、著者は苦々しい思いを隠しきれません。「もっと真面目にやれ」と言いたそうです。ただ、反論をしてもキリが無いので、著者は「自分の研究」を進めることにします。真っ当なものを示し続ければ、いつかはそれが“スタンダード”になるだろう、と。
 90年代前半、やっとDNA研究はある程度確立します。犯罪捜査でDNA鑑定で冤罪がつぎつぎわかるようになったのもこの時代からです。そして「アイスマン(91年にアルプスの氷河から発見された青銅器時代の男性のミイラ)」のDNA分析の依頼が。四苦八苦してやっと解析には成功。ほんの少ししか現代人との変異はありませんでした。そこで著者はもっと変異がありそうな「ネアンデルタール人」をターゲットに定めます。幸運に恵まれて基準化石から得た3.5グラムもの標本を解析に。数箇月後著者は深夜の電話でたたき起こされます。「あれは人間のDNAじゃありません」と。
 著者は自分の性生活についてもけっこうあけすけに語ります。その延長線上に二つの問いがあります。「ネアンデルタール人は現生人類とセックスをしたか」「ネアンデルタール人の遺伝子(の一部)は現生人類の遺伝子にその痕跡を残しているか」。ミトコンドリアDNAの解析では、現生人類にネアンデルタール人の痕跡は見つかりませんでした。では、核DNAでは? それまで誰も古代の核DNA分析には成功していませんでしたが、著者の研究室で永久凍土のマンモスでそれに成功します。しかしネアンデルタール人は永久凍土にはいません。ブレイクスルーが必要です。
 そこからもいろいろあって、ついにネアンデルタール人の核ゲノムの解読に成功。さらに現生人類にネアンデルタール人の遺伝子の痕跡があることもわかります。ところがそれは、ヨーロッパ人だけではなくて、ネアンデルタール人が住んだことがないアジアの現生人類からも見つかったのです(遺伝子全体の1〜4%がネアンデルタール人由来だそうです)。これはどういうこと? 謎解きは終わりません。
 科学について知ることができるだけではなくて、非常に出来の良い推理小説を読んでいるような気分にもなれる本です。それと、科学と誠実に向き合うとはどういうことかも本書から学ぶことは可能です。「科学」に限定せずに、人生そのものに話を拡張することも可能ですけどね。


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