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2015年10月18日06:58

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完全な人間

 「なんでも完璧にできる人間が完全な人間」かもしれませんが、それは「完全な」人間ではあっても「完全な人間」ではないような気がしています。ある分野では完全だけど、他の分野では不完全、そのバランスが気持ちよく保たれている人、それが「完全な人間」なのではないかしら。

【ただいま読書中】『リンカン(上)南北戦争勃発』ドリス・カーンズ・グッドウィン 著、 平岡緑 訳、 中央公論新社、2011年、3800円(税別)
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 リンカンやその政治的ライバルたちの父親の世代は、18世紀の革命(独立戦争)を体験していました。しかし時代はすでに19世紀。優秀な学生が法律を学び、政治家を志す時代になっていたのです。本人や家族の日記や往復書簡などの膨大な資料を読み込むことで、著者は19世紀のアメリカがどのような社会であったのか、活写します。とても恵まれていた、あるいはそれなりに恵まれていたライバルたちに比較して、リンカンの少年時代は「貧しい者たちの短くてささやかな年代記」(トーマス・グレーの哀歌)そのものでした。辺境の開墾地で育ったリンカンは弁護士になるための勉強を、学校に頼らず独学でおこなっています(中学校にさえ行っていません)。
 著者が微妙な手つきで扱うのが「男同士の友情を越えた愛情」です。ダブルベッドに同衾していたからと言って性的関係があったとは限りませんが、どう見てもラブレターのやり取りといった往復書簡を見ると、もしかしたら、とも思えます。まあだからといって、何がどうなるわけではないのですが。そういえば当時の日本でも衆道はまだしっかりと残っていたはず。こういった皆が知っていても口に出しては言わないこと(「歴史」に記録されにくいこと)が実は歴史を動かす原動力だったりするのは、後世の人間にとってはやややっかいな事態です。とてもわかりにくくなりますから。
 リンカンは優れた感情移入の能力を持っていましたが、それによって生じる苦痛が気鬱をもたらしました。しかし、感情移入によって抜群の政情分析(政敵の行動予測)が可能となります。さらに、機転と愛想の良さと話し上手により、彼は身近な人には人気者となります。しかし政治家としてはまだ未熟で押しが弱く、下院議員として再選はされませんでした。
 西部が開拓され、準州から州に格上げされると、奴隷州に対して自由州のほうが数が多くなります。これは、やっと妥協をしていた南北の対立に再度火をつけることになりました。リンカンは「奴隷制には反対だが、廃止はその内にね」なんて悠長なことを言ってはいられなくなりました。そこでついにリンカンの弁舌の才が、公衆の前で花開きます。リンカンが最大の論拠としたのは、独立宣言と合衆国憲法(の法の精神)でした。さらに、奴隷制度の矛盾を指摘することで奴隷制度に明確に反対します。ただしリンカンは弾劾ではなくて共感を奴隷所有者に示しました。非難と弾劾では、奴隷所有者は反発するだけだと知っていたからです。
 上院議員候補の選挙で、ある意味理不尽な敗北を喫したリンカンは、その敗北によってかえって味方を増やすことになります。チェースなどが勝利によって孤立を深めていったのと対照的です。奴隷制度に対する態度の違いからホイッグ党が分裂し、奴隷制度反対派(ホイッグ党、民主党からの離党者、自由土地党、ノー・ナッシング党など)は各州で結集し「共和党」が誕生します。イリノイ州の共和党結党大会でリンカンは歴史に残る名演説をおこないます。あまりに感動的だったため報道関係者はペンを動かすことを忘れ、記録されなかったことでその名高さを歴史に残すことになりました。
 ……しかし、奴隷が給仕する晩餐会で優雅に奴隷制廃止について話し合う、なんて皮肉な情景も登場するのですが、当時の人にとってはこれは皮肉でも何でもない“当然の生活”だったのでしょうね。
 1860年、共和党の大統領候補選びが始まります。エイブラハム・リンカンには強力な“ライバル”がいました。ウィリアム・H・シワード(ニューヨーク上院議員)、サーモン・P・チェース(オハイオ州知事)、エドワード・ベーツ(ミズーリ州の長老政治家)です。本命と対抗の激しい争いの中、全国的には無名のリンカンは中道ど真ん中の“穴馬”でした。複雑な裏取引、繰り返される投票、その中でリンカンは浮上し、大方の予想を覆し、とうとう大統領候補の指名を得ます。大本命のシワードの“敵”が結集してリンカン支持に回ったのです。全国的には無名だったため、民主党は楽観します。しかし民主党は南北対立に引き裂かれつつありました。そして大統領選挙が。
 「激しい戦いを制してリンカンはみごと大統領になりました」で話が終わるわけではありません。本書のテーマはここからです。リンカンは、激しく戦ったライバルたちを、仲間・同志・友・腹心として「アメリカ」のために動き始めるのです。だから本書の原題は「Team Of Rivals」なのです。


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