mixiユーザー(id:235184)

2015年08月26日06:59

497 view

パラダイスが“ある”場所

 「パラダイス」や「ユートピア」は、地獄の対極の存在です。天国の住人はそのことについて熱心に語ったりはしないでしょう。それは“当たり前”の存在ですから。パラダイスやユートピアは、地獄の中でこそ夢見られ語られるものなのです。

【ただいま読書中】『災害ユートピア』レベッカ・ソルニット 著、 高月園子 訳、 亜紀書房、2010年、2500円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4750510238/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=767&creative=3999&creativeASIN=4750510238&link_code=as3&tag=m0kada-22
 災害映画では、「ヒーロー」は理路整然と行動して人々を救い、救われる人々(群集)はパニックになって右往左往するだけです。だけど、それはどこまで「現実」を反映しているのか、と著者は過去の事例を調べました。
 USAで20世紀最大の自然災害は、1906年のサンフランシスコ地震だそうです。人々は呆然としますが、自然発生的な「迅速で無償の愛の行為」が被災者の間では見られていました。ところがこういった無償の市民の行為を「規律を乱す暴徒」と見なす人たちがいました。行政当局や進駐してきた軍隊です。市民による消火を禁じ巨大な防火帯を作ることを命じたのですが、そこで使われた黒色火薬によって発生した火がかえって全市に広がってしまいました(アルコール貯蔵所を軍が爆破して、大火災をわざわざ発生させた例も紹介されています)。
 大災害の場合よく「パニックによる暴動」が起きると言われます。しかし実際にはそういった暴動は数少なく、「人災」を起すのは「パニックになった権力者」「パニックになった軍隊」のようです。射殺された「暴徒」の数は正確にはわかりませんが(死体は火災の中や湾に放り込まれました)、その中には、瓦礫の中の犠牲者を救おうと掘っていた人や避難所に食料を運搬中の人が「略奪をする暴徒」として射殺された例も混じっています。
 もう少しソフトな「市民の敵視」もあります。たとえば、「避難所には健康な男女がぐうたらしている」といった言説。ちょうど“良い場所”にあるチャイナタウンを強制的に移動させようとする人種差別的政策も立てられました(結局この案は潰されましたが、成功していたら「この地震で最も成功した略奪」と呼ぶことができたでしょう)。市民のために無料運行していた路面電車を、「自分の会社の路面電車の儲けが減る」と運行差し止めを求めた大金持ちの話には、げんなりします。もちろん「良いこと」をした権力者や軍人の方が数は多いでしょうが、問題はそういった「力を持つ人たち」が「自分の利益」を優先したことです。
 「9・11」で殉職した消防士は343人。彼らはもちろん「ヒーロー」で「テロの犠牲者」ですが、中には「システムの犠牲者」も混じっていました。たとえば、すでに捜索したフロアをきちんと記録していたら、捜索に回す消防士の数はもっと減らすことができました。火災は消火不能と判断が出ていて、しかもビルの中に消火ホースも配置されていたのに、彼らは重いホースを担いで階段を上らされました。不要な苦痛です。さらに、自分の体験を正直に話したのにメディアによって「英雄」に仕立て上げられてショックを覚えた消防士も多くいるそうです。ジュリアーニ市長は緊急対策センターを立ち上げていましたが、それは(多くの反対があったにもかかわらず)世界貿易センターに設置されていたため早々に機能を停止し、そのために救急隊員の犠牲が増えた可能性が大です。
 ここでも、自然発生的な「迅速で無償の愛の行為」と「市民の敵視」が観察されました。ただし敵視されたのは「テロリストに似ている市民」です。だけど……あの日にテロリストに本当に対抗できたのは、ユナイテッド航空93便に乗り合わせた乗客と乗務員(一般市民)だけでした。実は大切な情報を持っていた「上の人たち」は、何もできなかったのです。そしてそれを埋め合わせるためであるかのように、フェミニズムを攻撃し(「フェミニストによってアメリカが弱体化した!」がその理由でした)国内に恐怖を掻きたて、戦争に走りました。著者はこれを「エリートパニック」と呼びます。
 そして「ハリケーンカタリーナ」。高潮に追われ、やっと助かって安全な地を目指した被災者を迎えたのは、銃口でした。嵐(自然災害)は堤防決壊(非自然災害)を引き起こしましたが、被災者を凶悪犯罪者と決めつける「エリートパニック」による支援の拒絶、という人災も引き起こしていたのです。
 たしかに略奪行為はありました。しかしその中には「窃盗」ではなくて「(災害地でサバイバルをするための)調達」もあります。そして、略奪者の中には警察官も含まれていました(ビデオ映像が残っています)。後日営業を再開したときに広告看板に「ニューオリンズの警官もご愛用」と入れたキャデラック代理店もあります(この店では在庫をすべて警官に奪われました)。当時のメディアは、必要な物資を調達するアフリカ系アメリカ人のニュース写真には「略奪」、同じことをする白人の写真には「必需品を調達」とタイトルをつけました。非常にわかりやすい態度ですね。なぜ「調達」が必要になったかと言えば、市内からの避難が許可されず、支援物資が届かなかったからです。そして、不必要な死が発生します。それも、大量に。なぜ支援物資が届かなかったかと言えば「市内は暴徒で危険」という噂を信じて政府機関が動かなかったからです。さらに噂が嘘だとわかって動き出したときには、まず「契約」が必要でした。契約した会社はバスを探して下請け業者とまた「契約」を結びます。下請け業者はそれから機材と人員の手当てをします。メディアは必死に「レイプ」「スナイパー」「略奪」「人質事件」をでっちあげて報道を繰り返します。散々ニューオリンズの評判を落として、それに飽きたらこっそりとそういった報道をやめて次のソースに食いついていくのですが、結局明確な撤回報道はなされませんでした。だから当時の扇情的な虚報道を今でも信じている人はけっこう多いそうです。政府から真っ先に届けられたのは、ライフルに実弾を込めた兵隊でした。ニューオーリンズの被災者たちは救われるべき「人」ではなくて制圧するべき「敵」として扱われていたのです。著者が広範な聞き込みをした結果、たしかに被災地に「殺人者の集団」は存在しました。たとえば「動く黒人は片っ端から撃ったことを自慢する白人の自警団」が。本当に「自慢話」をしているのです(人命救助をしていた人が「怪しい黒人だ」と自警団によって撃たれ、やっと命が助かった例などが紹介されています)。さらに政府も、被災地を封鎖して被災者の避難を許さないことで、殺人に荷担しました。もっとも政府は自慢話はしないようですが。
 本書で紹介される他の例、ハリファックスでの大爆発、ロンドン空襲、メキシコシティ地震などからも見えるのは、「人の本性」です。大災害の現場で、多くの人はほとんど反射的に性善説で動くようです。しかし少数の性悪説の人たちが、暴力に走ります。そして性悪説の人たちは「暴徒」だけではなくて、なぜか「権力の側」に多く存在しています。権力そのものになにか性悪説を惹きつけるものが内在している(そして、性悪説の人ほど出世しやすい)のかもしれませんが、それはともかく、困るのは「権力」と「メディア」がタッグを組むと、社会も歴史もそれに従って動いてしまうことです。
 私にできることはなんだろう? 大災害に遭ったとき剣呑な噂を聞いたら、それを裏付ける人は誰?物的証拠は?と聞くことかな。


1 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年08月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031