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2015年08月17日07:05

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ルポの価値

 あるルポルタージュが優れているかどうかは、いかに刺激的な題材をいかに名文で綴るか、ということで決まるのではありません。ルポの対象である「現実」を読者の「現実」にいかに強く結びつけることができるか、で決まります。そして、その時使われるのは、著者の「言葉」だけではなくて「人としての思い」でしょう。

【ただいま読書中】『ローマ法王に米を食べさせた男』高野誠鮮 著、 講談社+α新書、2015年、890円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062729008/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=767&creative=3999&creativeASIN=4062729008&link_code=as3&tag=m0kada-22
 石川県のコスモアイル羽咋の責任者として仕事をしていた著者は、NASAとの繋がりを評価されて経済産業省から愛・地球博の手伝いを依頼されます。ところがそれが上司の逆鱗に触れて、訓告処分となり、農林課に“飛ばされ”ました。それまで「UFOでまちづくり」をやっていたのが、こんどは農林課です。赴いた神子原地区は、限界集落でした。高齢化率は57%、平均年収は87万円。著者に新しい市長から与えられたのは「過疎高齢化集落の活性化」「農作物を1年以内にブランド化」というテーマでした。そこで著者は「集落」を「人体」に見立てます。すると「活性化」は「リハビリ」に、「血液」は「貨幣」となりました。さらに「一部の痛み」が「全体(特に役所)」に伝わらないことが大きな問題だ、と。人体だったら一部の痛みは全体で共有されるのですから。すると「地域おこし」だけではなくて「役所おこし」も必要になります。会議をするだけで満足する役所ではなくて、行動をする役所です。著者が請求した予算は60万円。自分自身も追い込んでいます。さらに、稟議書を回したり根回しをしたりは一切無し。即決で著者が決断して、事後承認をもらいます。これは役所に多くの敵を作るやり方です。「俺は聞いていない」とか、根掘り葉掘り質問だけするが理解も決断もしない人が役所の中にはてんこ盛りですから。しかし著者は、市長と農林課の直属上司という力強い味方を得て、ほぼ自由に動きます。
 まずは「対症療法」。若い家族を、空き家・空き農地に受け入れるプロジェクトです。ただし、「お客さん」ではなくて、本気で集落の一員として農業に取り組む人が欲しいのですから、選抜試験を行いました。地区の人が面接をするのです。予算60万円ですから行政はお膳立てだけ。
 次に「希望小売価格」の導入。これで著者は四面楚歌になります。JAはもちろん、農家も「そんなことができるわけない」の大攻撃。それでも3家の賛同があり、著者は自分で米を売り歩くことにします。棚田のオーナー制度(3万円の料金で、田植えと稲刈りを都会の“オーナー”が行い、あとは地元の農家が他の世話をする。収穫後40kgの玄米をオーナーは得ることができる)では、外国の通信社に著者は情報を流し、それで興味を持ってわざわざやって来たイギリスの領事館員をうまく「オーナー第1号」としてゲット。これが大ニュースとなってオーナー希望者が殺到します。さらに学生の農業体験も。最初の条件は「酒が飲める女子大学生」。いやもう深慮遠謀というか抱腹絶倒というか、著者の発想はみごとに飛んでいます。これでは「常識にしがみつくしか取り柄がない人間」には理解されない、あるいは敵視されるのは当然かもしれません。
 神子原のコシヒカリは「全国の美味しいお米ベスト10」で3位に選ばれたことがあるくらいの“実力”を持っていました。しかしまったく宣伝をしないので無名の存在です。そこで著者は「効果的な宣伝」を考えます。著名人に食べてもらおう、と。まず売り込んだのは宮内庁。しかし天皇が食べる米は献穀田からと決まっていて、ダメ。そこでプランB。「神子原」を英語に訳すと「神の子(キリスト)のおわす高原」ですから、著者はローマ法王に手紙を出します。プランCは「米の国」は米国でアメリカだからアメリカ大統領に。なにしろ期限は1年ですから、手段を選んではいられません。そこへローマ法王庁から連絡が。著者は市長に言います。「明日東京のローマ法王庁大使館に一緒に行ってください」。市長の明日の予定はすべてキャンセル。副市長は激怒。しかし正式に法王への献上物として受け入れられ(法王はライスコロッケで食べたそうです)、神子原米がすごい勢いで売れ始めます。(なお、日本人から法王への献上品の一覧があって、その最初は織田信長の屏風だそうです)
 市役所の電話は、「ローマ法王御用達米」の問い合わせと注文で鳴り続けます。JAだと1俵1万3000円こちらだと4万2000円。それまで著者に「馬鹿なことを言うな」と強硬に反対し続けていた農家も、一等米を出してきます。
 著者は、米の食味測定として、JAの米穀検査や食味測定装置を「非科学的」と評して排します。そのかわりに採用したのが、人工衛星による測定。アメリカではワイン農家が土壌測定にふつうに使っているのだそうです。高度450kmから近赤外線を当ててその反射波を分析することで米のタンパク含有量などを非破壊的に測定します。農薬飛散や河川情報もわかります。それも、とってもお安く。この「お安く」の部分でまた私は笑ってしまいます。著者は本当に商売が上手だな、と。それと、コスモアイル羽咋で築いた宇宙との繋がりが生きてくることに私は驚きを感じます。
 この「商売上手」は、まだ市役所の臨時職員時代に青年団と組んでおこなった「UFOで町おこし」の時に鍛えられたようです。「1%でも可能性があるのなら、やってみよう」という態度で無駄撃ち覚悟でいろいろやってみる。黙って座って他人の批判か「失敗したら誰が責任をとるんだ」とだけ言う“批評家”なんか「実行あるのみの町おこし」には要らないのです。さらに、業者に頼らずに素人集団で仕切る。これにももちろん理由があります。失敗の可能性は高まりますが、金をかけずにノウハウの蓄積ができます。いやあ、著者の人生は、一見行き当たりばったりのようですが、実は首尾一貫しています。
 著者の視野は地球レベル、というか下手すると宇宙レベル。そして、感動よりも行動、と平気で言い切ります。公務員としてはもう定年だそうですが、公務員という枠を外したら、また何かとんでもないことをやらかしてくれるのではないか、と期待してしまいます。


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