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2014年12月18日06:24

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裸の王様

 「王様は裸だ」と少年が叫んだからといって、王様はあせる必要はありません。服を着ればよいのです。

【ただいま読書中】『諷刺画家グランヴィル ──テクストとイメージの19世紀』野村正人 著、 水声社、2014年、6000円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4801000290/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=767&creative=3999&creativeASIN=4801000290&link_code=as3&tag=m0kada-22
 15世紀にグーテンベルグの「出版革命」がありましたが、19世紀に別の出版革命がヨーロッパでありました。大量生産・大量消費の実現です。そのため「挿絵画家」という職業も成立しました。グランヴィルはその挿絵画家の中でも、人の頭を動物にすげ替えて諷刺をおこなうというちょっと異色のやり方で有名になった人です。
 動物で寓意を表現する手法は、イソップ以来西洋では豊かな伝統を持っています。そこに「観相学」「骨相学」が加わります。古代から観相学(人相を見たら人柄がわかる)はありましたが、18世紀のラファターはそれに「科学」と「宗教」を加味して、誰もが簡単に使える観相学の法則をはじき出します。骨相学は、頭蓋骨の形を見たら魂の形がわかる、というものです。こう書くと神秘主義的な記述に見えますが、「頭蓋骨は脳の形を反映している。脳はその魂の形を反映している」という「脳の機能局在論」という当時最先端の「科学理論」に基づく考え方です。
 観相学はやがて「生態観察(ファッションや持ち物、姿勢や仕草から人の内面を推し量る)」に拡大されます。これは、時代の変化によって「身分や階級による服装規制」などが緩められていった(人びとが個性を発揮することが許されるようになった)ことに呼応した社会的な動きでした。そこで「動物観相学(ライオン=怒り、狼=残忍、羊=従順、七面鳥=間抜け……)」も風刺画に応用されることになります。はじめは「動物の体+人間の似顔絵」が用いられましたが、絵を見ても明らかにインパクトに欠けます。そこで次に登場したのがグランヴィルの「動物の顔+人間の体」です。これはけっこうインパクトがあります。ただし、「この個人は誰だ?」という疑問が生じてしまいます。顔が見えないのですから。そこで画家はわかりやすいシンボルやテキストを利用するなど様々な工夫をすることになりますが、読者の側にも表象を解読する努力が要求されることになります。そして、その工夫と努力が、風刺画に対する検閲と戦う“武器”となっていきます。
 17世紀に出版された「寓話」(ラ・フォンテーヌ)は時代を超えたベストセラーで、19世紀だけで1200種類が出版されていますが、その中で最高峰の一つと評されるのがグランヴィルが挿絵を描いた版でした。そしてその挿絵の特徴が「人間の小物(ナイフなど)を身につけた動物を主人公とし、それに人間的な動作をさせることで寓意の本質を示す」という手法でした。
 当時、挿絵と挿絵画家の地位は低いものでしたが、グランヴィルはそれを向上させようともしていました。「出版革命」によって、次々締め切りがやってくるために、作家と挿絵画家がそれぞれの自由度を確保しつつ緊密な協力をしなければならなくなった、ということも挿絵画家の地位向上の後押しをしましたし、テキストとイメージが頁の中で一体化することで、本が「読むもの」から「見るもの」に性格を変化させていったこともグランヴィルの後押しをしました。
 グランヴィルが用いることができた様々な動物などの“素材”は、当時盛んだった博物学によって世界中からヨーロッパに収集されたものでした。それによってグランヴィルは「人間と動物のハイブリッド」だけではなくて「連続的な変身」の絵も描くことができました。また、当時やはり盛んだった比較解剖学によって、様々な動物の相似と差違も利用できます。
 科学が進歩し、政治制度が大きく変わっていった19世紀。その時代を生きた諷刺画家は、その絵の中に「諷刺」だけではなくて、「社会と人間の関係の変容」もしっかり描きこんでいたようです。


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