mixiユーザー(id:1833966)

2026年10月10日05:03

38 view

かつて内戦のボスニア・ヘルツェゴビナ、総選挙で民族派右派が躍進、不安定化に

 昨年6月〜7月に旅した旧ユーゴスラビア3国で最初に入国したのが、ボスニア・ヘルツェゴビナだった。1984年に冬季五輪の開催されたサラエボから入って、古都モスタルを訪問した。

◎サラエボとモスタルだけの訪問だったが平和になった地
 ヨーロッパを襲っていた熱波のせいで、モスタルでは体感で40℃の酷暑に見舞われ、市内の観光に疲れ果てた。旧ユーゴ内戦で破壊され、後に再建された世界遺産のスターリ・モスト(写真)は印象に残った。
 サラエボでは第1次世界大戦の端緒となった1914年6月28日に起きたサラエボ事件(オーストリア皇太子夫妻暗殺事件)の現場を訪ねられ(写真=暗殺現場であることを示す銘板)、深い印象を残した。また市内にはあちこちにイスラムのモスクがあり、この国でかつてセルビア人勢力によってムスリムのボシュニク人が虐殺されたことを偲んだ。
 僕たちは、入国した日はボスニア・ヘルツェゴビナには宿泊せず、すぐに国境を越えてクロアチアに移動したので、ボスニア・ヘルツェゴビナには深い記憶は刻めなかった。

◎東部スルプスカ共和国で民族派右派が躍進
 さて、そのボスニア・ヘルツェゴビナで4日、総選挙が実施され(写真=ボスニア・ヘルツェゴビナ北部バニャルカで、総選挙の候補者が写った看板の前を通る人たち)、東部のセルビア人主体のスルプスカ共和国で、分離独立を主張するセルビア系の民族派右派が大勝したという。
 中部と西部を占めるボスニア・ヘルツェゴビナ連邦でも、ムスリム系ボシュニク人とカトリック系クロアチア人の党が伸長した。いずれもかつてのボスニア内戦で干戈を交えただけに、モザイク国家であるボスニア・ヘルツェゴビナ中央政府の合意形成が一段と難しくなると予測されている。

◎セルビア系の裏で糸を引くテロ国家ロシア
 ボスニア・ヘルツェゴビナが加盟申請しているEUに、2年前の3月に加盟交渉の開始が決まったが、スルプスカ共和国の分離独立の声が高まり政情不安になれば、EU加盟どころではない。
 セルビア正教主体のスルプスカ共和国は隣国のセルビアとのいずれの日かの統合を望んでおり、さらに同じスラブ系正教のテロ国家ロシアが裏で糸を引いている。
 再び内戦のような惨禍は起きないだろうが、中央ヨーロッパに黒い雲が広がっているのは事実である。
 それにしても民族間の融和とはなかなか難しいものだ。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202610100000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「ノーベル化学賞に金属有機構造体(MOF)研究開発の北川進・京大特別教授ら;ノーベル生理学・医学賞の坂口志文氏に続く快挙」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202510100000/

3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031