現代のキリスト教において、神に身を捧げる生き方といえば、10分の1献金、四旬節の金曜日に肉を食べない、修道会に入って生涯独身生活を送る、貧困や沈黙の誓いを立てるといったことだろう。
◎ビザンチン時代の修道院から見つかった鎖を巻き付けた埋葬遺体
今の敬虔なキリスト教徒若者には、こういった献身は、とんでもない話に聞こえるだろうが、ビザンチン時代の苦行に比べれば、はるかになまぬるいと言える。
今から1世紀以上も前の1924年、パレスチナのエルサレム旧市街から北西3キロほどの場所にあるラマト・シュロモ地区の近くで、カーバト・エル・マカータ遺跡(写真)の発掘調査が行われ、紀元350〜650年頃のビザンチン時代の修道院が見つかった。
この修道院は、ヤッファやリッダという町とエルサレムを結ぶ街道沿いにあり、そこにあった墓から、金属の鎖が巻かれた珍しい遺体が見つかった。
◎男性修道僧と思われていた遺体はDNA解析から女性と判明
キリスト教の修道院が増えていた紀元5世紀、シリアでは鎖を肉体に巻く苦行がよく行われていた。墓が発掘された当時、こういった生活を送っていたのは男性だけだと考えられていた。そのため、ほぼ1世紀にわたり、見つかった人は男性だと信じられていた。
しかしこのほど高度なDNA解析を用いた調査で、埋葬されていたのは女性であることがわかった。これは、ビザンチン時代の女性が厳しい禁欲生活を行っていたことを示す最初の考古学的証拠だ。
これまで文献などから、当時の修行者の一部は極端な苦行を行っていたことが分かっていた。その苦行とは、手足や体に重い金属鎖を巻きつける、小さな柱の上で暮らす、屋根のない家で過ごすなど肉体をいじめて、少しでもイエスの苦行を追体験しようという修行が実践されていたのだ。
◎キリストの苦行を追体験して信仰の強さを試したか
あまりにも過激だったので、これまでは修行者は男性の修道者だとされていたのだが、女性の修道女も同様の過激な修行を行っていた実態を示す重要な物理的証拠となった(写真=修道尼のモザイク画と絵)。
1世紀前に発見された遺体は鎖に巻かれたままだったから、この修道女はあまりの苦行に耐えられずに死亡し、そのまま埋葬されたのだろう。
日本にも比叡山にこもって「千日回峰」行を行う荒行が知られる。いずれも信仰の強さを試す行なのだろうが、さすがに千日回峰行の尼僧の達成者はない。
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昨年の今日の日記:「1990年発見の中国の古人骨『鄖県2号』はホモ・ロンギ(デニーソヴァ人)系統の初期祖先、年代には疑問」
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