「この本は作品紹介でもないし批評でもない。映画は人間と社会の背負っているどんな問題をどんなふうにして引き受け、どんな具合に解決しようとしているものなのであるかということを、さまざまな角度から考えてみたものである。映画をつうじて人はなにを解決しようとしてきたのか。私にとってこれは果てしのない問いなのである。」
映画は歴史をどう作り変えるか、戦争と映画、反グローバリゼーションの映画など、種々の切り口から、また日本や欧米にとどまらない様々な国々の映画について語られる。通底するテーマは、映画で真実が分かるか、という点。映画に描かれる世界は美化されたものではあるものの、そうした他者の理想化された自己認識を尊重し、共感することの大切さを著者は説く。
著者は本書は作品紹介や批評ではないというが、例えば黒澤明の『羅生門』について触れた文章はその読みの適確さと深さに感嘆した。四人の当事者がそれぞれに嘘の証言をするが、それは人間の自尊心に基づく自己正当化、自己美化の願いー盗賊の男らしさ、侍の名誉心、侍の妻の「きらめくように美しい女の意地」、樵夫の正直者であるという自己像ーによる。自身の誇りを保つためにつく嘘は、醜さの反面、輝きにも満ちているという著者の指摘は斬新だ。各人のむき出しにされた自我の強烈さや躍動感、それらを包み込む森の光と影の美しさを持つ、稀有な名作の魅力と本質とを存分に伝えてくれる。
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