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2024年03月21日07:41

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中井守恵の歌(3=LAST)

膝上に眠る息子の睫毛より冬の匂いはしずかに立てり

…卓上噴水欄「はじめての雪」20首の16首目。一連はすべて部屋の中にわれと赤ん坊がいるシーンなのだが、舞台は「仙台」(3首目)、したがって赤ん坊にとっては「はじめての雪」(7首目)、まだ続く地の揺れ(18、19首目)…、というふうに、さりげなくその背景が詠み込まれている。「赤ん坊」という語が4回現れた後、この16首目でその赤ん坊は「息子」と呼ばれる。昨年11月号の守恵さんの歌(《膝上の子は眠りたりバークリーの観念論をわれら語れば》)について、「膝上」は「しつじょう」と読みたい、とこの日記に書いたことがあったが、この歌の場合は「ひざうえ」だろう。閉ざされた一室でのわれと赤ん坊との“二人ぼっち”の世界へのめりこみがちなところ、「フランスの森(ボワ)」(4首目)、「トルコ産無花果」(9首目)、「キューバ音楽」(15首目)などが配されて、その部屋は世界へ通じている。その世界には「パレスチナの子ども」の惨劇も存在していて「われはかなしむ」のだが(11首目)、それでもこの歌の「冬の匂い」や「樅の匂い」(1首目)「蜂蜜の匂い」(5首目)「花の匂い」(20首目)などの嗅覚もブレンドされて、涙もあるけれども、この世界を厭う気持ちにはならない…、という按配がよく伝わってくる。14首目(《幸福か不幸かわからぬ結末の一篇がありいくたびも読む》)の詞書の「宮澤賢治『水仙月の四日』」は、たしかに微妙な結末なのだがほんの少し「良き結末」の方へ傾いているように感じられるお話である。それは、世界に対する守恵さんの肯定の仕方と通じるところがあるのかも知れない、と思う。(2013年2月号)

人形を撫でようとして赤ん坊の手は人形を叩いてしまう

…おおかたの読者が二重の意味を負った歌として読むだろう一首。先ずは赤ん坊のさまを詠んだ歌として受け取る。が、おおよそ人間っていうやつは・・・、という方の暗示もおのずと感受されることになる。わたくしはかのひとを撫でようとしたのです、それなのに、われ知らずかのひとを叩いてしまった…、などと言えばもうすぐに一篇の短篇小説が始まりそうだ。(2013年10月号)

蟻の巣に五月の雨が降りそそぎ大きな書架をわれはおもいき

…二物衝突(蟻の巣+書架)を思わせる歌だが、初句から結句まで意趣は通っていて衝突音は消されている。例えば庭に蟻の出入りする穴があって、この下には精緻な巣があるのだろうな、と思っていたところへ五月の雨が降りそそぐ。地下ではあまたの蟻が行き交って雨に備えているだろう。そのそれぞれの蟻の意図、と言っては語弊があるならそれぞれの蟻の動きの必然は、わからないままだ。ちょうど大きな書架があってそこにあまたの書物が置かれていたとしても、その一冊ずつにどのようなひとの思惟や感覚が書かれているのかはわからないままであるように。というのは理屈のつながりによる読み方で、音としてこの一首を受け取るなら、「ショカ」はストレートに「書架」には行かず、いったんは「初夏」を思わせるところにこの歌の妙味があるのかも知れない。(2014年8月号)

乳と蜜 なかんずく蜜 子がわれに抱きつくときに求めいるもの

…短歌人賞受賞作品「霧雨の中」30首の6首目。30首の中でこの歌が最も印象深いものだった。「乳」も「蜜」も暗喩だが、「乳」は実際の母乳をも想起させる語だ。糧になるものと癒してくれるもの、なかんずく癒してくれるもの…、というふうに初句・2句を読んだ。(2016年1月号)

春がきてママはおおきくなったね、と囁くようにおさなごが言う

…「春がきてママはおおきくなったね」のすべてが、おさなごがママであるわれに言った言葉なのだろう、と読んだ。普通は、おさなごの側が「大きくなったねえ」と称えられる存在なのだと思うが、そうした言葉をあまた聞いてきたからか、「おおきくなった」というのはおさなごにとっての至上の褒め言葉と化して、ごく自然にこのように言ったのだろう。しかしこの言葉をおさなごならぬ読者が聞けば、例えばスポーツ選手が好調な時、その姿が大きく見える、というようなことが想起される。かつて《怖いものひとつずつ減りいまはただ子を産むことをすこし畏れる》(「短歌人」2010年6月号)と守恵さんは詠まれていた。もとより「恐れる」ではなく「畏れる」ではあったのだが、7年を経て、世界を受容し世界に受容されて生きている作者の姿が浮かぶ。もとより歌は近況報告ではないけれども、良き近況報告としても読める一首だ。(2017年5月号)


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