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2019年11月26日21:32

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本棚222『紙背に微光ありー読書の喜び』鶴ケ谷真一(平凡社)

 鶴ケ谷真一の随筆は、晩秋の空気のように淡く清雅でいて、上質なユーモアもあり、読むと心が落ち着いてくる。『月光に書を読む』『猫の目に時間を読む』『記憶の箱舟』など著者の作品は題名がどれも魅力的だが、本書も例に漏れず、夕映えや月光のような穏やかな微光が感じられる優美な題を持つ。

 内容については、以前に読んだ『書を読んで羊を失う』と同様、書物にまつわる古今東西の逸話や奇譚にあふれている。
 文学界も揺るがすシェイクスピアの恋文を創り出した男など古文書贋作者たちの系譜、『失われた時を求めて』の有名なマドレーヌのくだりで日本の水中花の描写のもたらす効果、別れの痛みを再会の希望で紛らわそうとはしない日本語の「さよなら」は最も美しい別れの言葉と言ったリンドバーグ夫人。どの挿話も、決して単なる雑学やこぼれ話ではなく、面白く、美しく、切なく、静かな余情を帯びている。

 他にも書き留めておきたい話は数多あるが、『琴の音』という話が印象的だった。後漢の時代、匈奴の軍に連れ去られた蔡琰は、その音楽の才と美貌のため妃となる。後に蔡琰は、魏の曹操によって連れ返されるが、二人の子どもと引き裂かれ、戻った故郷は荒れ果て、家族も既にいなくなっていた。

「幼いころに、どの絃が絶えたかを言い当てた蔡琰は、幾多の不幸を感嘆すべき才知と機略によって切り抜けることができた。もし蔡琰が琴を奏でたなら、その音色はたとえようもなく美しく、いいしれぬ悲しみをたたえていたにちがいない。」

 こうした古今の音楽にまつわる逸話を語った大学者が、その後に奏でた三味線の音がとんと素人じみていた、と落ちがついていて、後味は軽やかになっている。
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