一時期、向田邦子さんのエッセイに熱中していた頃があった。煤煙で苦労した汽車旅や七輪で焼いた魚、ご不浄といった上品な言葉など、昭和の郷愁を誘う様々な舞台装置も魅力ではあるが、もっと普遍的なものー描かれる日々の生活の確かな手触り、食べ物や匂いがもたらす人の記憶、愛憎混じり合う家族への想い、仕事により得られるもの失うものなどーに惹かれていたような気がする。
このエッセイでは、『寺内貫太郎一家』をはじめ、テレビドラマの脚本の話が多く出てくる。「テレビは消える 消えるがテレビ」とやや自嘲気味に語るが、軽妙な筆致の中に、人間の普遍的な部分を垣間見せる向田邦子の作品は、「時の洗礼」をひらりといなしつつ、昭和が遠くになっても読者を惹きつけ続けるだろう。
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