哲学的な議論をするときにどうしても寛容になれない時がある。豊富な知識をひけらかして、そのくせつまらないことしか述べない人はどうも好きになれない。間違ったことを言っても構わないと思う。私自身しょっちゅう間違ったことを言っているという自覚はある。しかし、他人様に対してなにか言うからには、自分が面白いと思うとか何か感じるところがある(あくまで自分のレベルでの話だが)というようなことだけを言おうと心掛けている。
ウィトゲンシュタイン関連のトピックをそこら中にもうけて、なぜか独りよがりな解釈を広めている人がいる。「論考」の文言をくだけた言葉に置き換えて「解読」したつもりでいるが、元の文よりわかりにくいし、自分が独自に付け加えた部分は本来の意味からずれていることが少なくない。哲学に誤読はつきものだと思うが、「そのような解釈をして一体何が面白いの?」と言いたくなるほど陳腐な誤読が多い。
私も間違えてばかりいるので、あまり言いすぎると自分に返ってきそうで怖いのだが、どうしても黙っておれないような気分になっている。
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