「歴史」や個人の「過去」は、「過失」や「失敗」の集積から主に成り立っています。
【ただいま読書中】『チョコレートはなぜ美味しいのか』上野聡 著、 集英社新書0860G、2016年、720円（税別）
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食品物理学で、タンパク質の研究はけっこう行われていますが、脂質については遅れているのだそうです。著者は「遅れているということは、フロンティアだということだ」と若い研究者のリクルートを兼ねて本書を書いたようです。
16世紀にスペイン人がアステカで出会ったのが「ショコラテル（ナワトル語で「苦い水」）」で、それがスペイン語の「チョコラテ（chocolate）」になりました。カカオにトウガラシなどのスパイスを加えた「チョコレート」は、ヨーロッパで砂糖と出会いました。貴重なものに貴重なものを加えるのですから、おそらく大金持ちしか飲むことができなかったことでしょう。
1828年オランダのファン・ハウトゥン親子が、カカオマス（カカオ豆を細かく粉砕したもの）からココアバターを搾り取ってココアパウダーの製造を始めます。副産物として生じたココアバターを冷やして固めると「食べるチョコレート」ができることを発見したのがイギリスのジョセフ・フライ。1847年にフライ社は当時最先端テクノロジーの蒸気エンジンを用いて板チョコの製造販売を始めました。
板チョコの材料は、砂糖とココアバターとカカオマス。カカオマスが多いほど色が濃いチョコレートになります（カカオマスがゼロならホワイトチョコレート）。カカオマスには摂氏25度くらいまでは結晶を保持するがそれ以上の温度になると急速に溶ける、という特性があり、それがチョコレートの食感をもたらしています。ただしココアバターの結晶には６つの型があり、チョコレートに向いているのは�昂拭瞥仕�33度）だけです。こういった「結晶多型」は1960年代にわかり始めましたが、チョコレート製造では経験的に「テンパリング」によって「美味しいチョコレート」が作れることがわかっていました。
「手作りチョコ」を作る場合、市販のチョコを50度くらいで溶かして冷ますと�厳燭侶訃修�多くできます。それを25度くらいから再加熱して30〜31度にすると�昂燭侶訃修�生じ、それをまた冷ますと生じた�昂燭侶訃修髻崋錙廚砲靴謄灰灰▲丱拭爾涼罎豊昂新訃修�多く発生します。これがテンパリングです。（これをしないと「不味い手作りチョコ」になるそうです）
なお、テンパリング以外にも�昂新訃修鮑遒詈�法はあるそうですが、たとえば明治製菓の「ガルボ」の「チョコ」の製法は企業秘密だそうです。「攪拌」「超音波」「磁場」なんて方法もあるそうです。ところがこれがなぜテンパリングと同じ効果を生じるのか、分子レベルではまだ詳しいことがわかっていないのです。なるほど、研究のネタはまだまだいくらでもこの分野にありそうですね。
本書の後半は「牛乳はなぜ白いのか？」という疑問から始まります。牛乳はエマルジョンとして「水」の中に「脂」が分散して浮いていますが、その粒が大きいため光の全波長が散乱され、その結果として「白」く見えます。ここから話はマヨネーズに。マヨネーズを冷凍してから解凍すると「分離」します。家庭でマヨネーズを冷凍することはないでしょうが、問題はマヨネーズを使った冷凍食品です。ということで著者の研究室で「マヨネーズの油水分離問題」を研究することに。ところが、成功したメーカーは企業秘密にしているし、研究している人はいないし、で、実はまだ詳しいことはわかっていないのだそうです。
次は「マーガリン」。ナポレオン３世が「バターの代用品」として募集したときにムーリエが応募した「オレオマーガリン」は、牛脂に牛乳などを加えて固めたものでした。それを原型として、材料を植物油に替えたものが「マーガリン」となりました。植物油は融点が低く「固形」にしづらい難点があります。そのとき不飽和脂肪酸の一部に水素を添加して飽和脂肪酸に替えると、結晶になり易くしかも溶けやすい「良いマーガリン」になりました。ところがこの「部分水素添加」で生じるエライジン酸（トランス型不飽和脂肪酸の一つ）が病気のリスクを高める、と１９９０年代から言われるように。困ったメーカーは、材料にパーム油を使うようになりました。ところがパーム油のマーガリンは、劣化すると表面に粗大結晶化が生じる、という問題を抱えていました。これがまた、科学的には「謎」なのです。この粗大結晶を分析する話を、著者はとても楽しそうに語ってくれます。きっとこの仕事が好きなんでしょうね。こういった「仕事への愛」を熱心に語れるのは、ちょっとうらやましい。
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