イカロスは太陽に近づきすぎて羽根を固めた蝋が溶けて墜落死をしたことで有名です。だけどその時、イカロスと一緒に飛び立ってきちんと飛行を完遂させたダイダロスがいたことはあまり有名ではありません。どうして失敗者の方が有名になっちゃうんでしょうねえ。
【ただいま読書中】『宇宙ヨットで太陽系を旅しよう ──世界初！イカロスの挑戦』森治 著、 岩波書店（ジュニア新書）、2011年、820円（税別）
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宇宙空間では、推進剤を噴き出してその反動でロケットは飛行します。しかしソーラーセイルは、推進剤を使わず太陽光線そのものを使うことで飛行できます。この原理はけっこう昔から知られていたそうですが（1619年にヨハネス・ケプラーが「彗星の尾が太陽の反対側に曲がる」ことからそのことに気づいていました）、私がそのことについて詳しく知った作品は「太陽からの風」（アーサー・Ｃ・クラーク）でした。ただ飛ぶだけではなくて、レースをする、というのがエキサイティングな仕掛けとなっていましたっけ。
ＪＡＸＡが打ちあげた実証衛星「イカロス」は、宇宙空間でのセイルの展開・維持、セイルの一部に貼り付けた薄型太陽電池での発電、セイルによる加速と操縦、これらが本当にできるかどうかを確かめることを目的としていました。どれも世界初の試みです。
イカロスのセイルは一辺14ｍ（対角線は20ｍ）という大きなものです。それをたたんだ状態で打ちあげて宇宙空間できれいに展開しなくてはいけません。2010年（おっと、「はやぶさ」が帰還した年ですね）種子島から打ちあげられたイカロスは、はやぶさとすれ違うように金星を目指しました。
イカロスはスピンによってセイルの展開を維持しています（ついでですが「太陽からの風」では、スピン方式のヨットはセイルの向きを変えることに失敗してレースを棄権することになります）。イカロスではセイルに貼り付けた液晶の反射率を変えることで進行方向を制御しようとし、成功しました。そして、同時に打ちあげられた金星探査機「あかつき」より１日遅れで金星軌道に到達。ただしイカロスの目的地は金星ではありません。そこをフライバイして次の段階の実験ステージに入りました。
ここまで読んだら、めでたいめでたい、ですが、イカロスの誕生には泣けるような話が潜んでいました。もともとあかつきは固体燃料のＭ−Ｖロケットで打ちあげられる前提で設計が進んでいました。ところがロケットが液体燃料のＨー��Aロケットに変更。Ｈー��Aはサイズがでかく、あかつきだけでは軽すぎてバランスが悪くなるため、「おもり」か「おもり代わりのもう一つの人工衛星」を積むことになりました。そこに手を挙げて急遽始まったのが「イカロス」計画だったのです。いやいや、ずいぶんな低予算だと思ったらそんな事情もあったんですね。金星向けの「窓」が開く期間にも制約があるので時間は十分にはありません（もし打ちあげ予定日に間に合わなければ、未完成でもそのまま「おもり（兼、ロケットとあかつきの間のクッション代わり）」として搭載されてしまいます）。だから部品もどんどん「あるもの」を利用しました。幸いペイロードに余裕があるため（なにしろ「おもりがわり」ですから）、部品を重く頑丈にすることには何の問題もありません。形はシンプルな円筒形にして、シミュレーション実験も節約できるようにします。広くて薄くて丈夫な膜にはポリイミドという高分子が最適であることがわかりました。折りたたみと展開にはオリガミの技術が応用されます。急に開くと全開したところで反動で巻きつきが始まるため、ゆっくり開く必要があります。その展開実験は、氷上でおこなわれましたが、そこで展開のためのおもりにはカーリングのストーンが使われた、というのに私は笑ってしまいます。本当に使えるものは何でも使ったんですね。
イカロスが発表されたのは打ち上げの１年前のことでした。「世界初」を狙っているので、資金力がある（そしてお役所仕事に日本ほど邪魔されにくい）外国に先を越されないように、ぎりぎりまで発表を控えていたそうです。日本ならではのそんな苦労もあるんですね。なおアメリカはイカロスの直後に「ナノセイルＤ２」を打ちあげました。これは「世界初の地球周回ソーラーセイル」だそうです。方式もイカロスのスピン式ではなくてマスト式（海上の帆船のように、マストにセイルを張るタイプ）でした。こちらはこちらで有用な知見が得られるはずです。
著者らが「イカロスの先」に夢見ているのは「木星」です。ソーラーセイルとイオンエンジンを組み合わせることで、木星あるいはその先のトロヤ群小惑星を目指すのです。最初は無人探査機で、そしてその先には……
私もいつか宇宙ヨットに乗りたいなあ。レースはしなくて良いです。のんびり巡航するだけで、十分エキサイティングな旅のはずですから。
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