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2016年04月23日06:52

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絵の価値

 ピカソの絵がオークションでいくら高価で売れても、それがピカソや遺族の懐に入るわけではありません。これが出版物だと、著作権が生きていたら本人や遺族の懐に著作権料が入るんですけどね。

【ただいま読書中】『ゴッホ・オンデマンド ──中国のアートとビジネス』W・W・Y・ウォング 著、 松田和也 訳、 青土社、2015年、3800円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791768558/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4791768558&linkCode=as2&tag=m0kada-22
 2004年深圳郊外の大芬村で「複製競技会」が開催されました。集まった中国人画家たちはお題の「スターソフの肖像画」を3時間半以内に複製する腕を競い、優秀な10人の画家は賞金と深圳の「城市戸口(都市戸籍)」を獲得しました。これは、中国共産党と社会主義経済と市場開放とグローバリズムが複雑に交わった現象です。
 かつてヨーロッパは陶磁器など中国の美術工芸品を大量に輸入していました。「西洋の巨大市場に喜ばれるものを、大量に手工業で提供する」点では、現代の大芬村での模倣美術品生産とよく似ています。西洋のマスメディアは最初「労働搾取」「組み立てライン」といった言葉で大芬村を表現しました。ところがそれは現実を見ない思い込みの報道だったのではないか、と著者は述べています。
 昔から模倣絵画は香港やソウルなどで盛んに制作されていましたが、1980年代に深圳経済特別区の辺縁に画家(親方と弟子たち)が集結するようになります。香港からの買い付け業者にとってもその集結は都合の良いことでした。1992年にはウォルマートが「期限50日で40万枚の絵」を発注した、という伝説が発生します。伝説というか神話というか、注文を受けた呉瑞球という無名の画家は、200人以上の画家を雇ってその注文を完遂した、と言うのですが……
 深圳は新興都市で文化不毛の地と中国では見なされていました。1999年に「深圳に芸術家村がある」という報道がすべてを変えます。利権に敏感な地方の役人や有力者、さらには政府までもがその“ニュース”に注目し、2005年には政府主導で「大芬油画村」という会社が創設されます。地区の再開発とインフラ整備がおこなわれ、「村」は近代的な都市に変貌します。それとともに、「芸術家村」を舞台としたドキュメンタリー番組やテレビドラマが作られるようになりました。しかしそこで取り上げられるのは「芸術家村の一部(有り体に言えば、マスコミが売りたい“フィクション”」でした。芸術家村の“芸術家”たちは、市場が喜ぶ「絵」を作り出して売りさばきますが、それとまるで相似のようにマスコミは「市場が喜ぶ番組」を作り出して売りさばいているだけのように私には見えます。
 2008年著者はニューヨークで「ゴッホの向日葵の絵」で、花瓶に「Vincent」、絵の右下隅に「Seelong」と署名されたものを購入します。これはもちろん「ゴッホの絵」ではありません。では、誰の絵なのでしょう? それを消費者が購入する意味は? 「ファン・ゴッホの画家」は非常にたくさん存在しています。本書に登場する趙もその一人ですが、彼は見本(平面写真)をちらりと見て構図を頭に入れたら、あとはほとんど参照せずに「自分がゴッホだったら」といった感覚に従って構図を部分的に変えたり色を変えたりしています。また、その方が人気が出るのだそうです。「ゴッホの絵」が欲しければ、機械的な複製画がいくらでも手に入ります。それを敢えて「中国で手によって描かれたゴッホの絵」を欲しがると言うことは「ゴッホの絵」ではなくて「誰かの“手”で描かれたゴッホの絵」が欲しい、ということを意味しているようです。つまり重要なのは「手」。
 ここで著者は面白い問題提起をします。「美術館で売っているお土産用の『絵』の意味は?」。絵はがきであろうとオリジナルに忠実にインクの盛り上がりまで再現された複製品であろうと、そういった大量生産品に顧客は何を求めるのでしょう? オリジナリティー? 面白いのは、美術館のレプリカは「工芸のことば」で宣伝され、中国の「ゴッホの絵」は「美術のことば」で宣伝されることです。西欧のジャーナリストの多くは大芬の絵を「著作権を無視した、非人間的な大量生産工場の産物」と切って捨てますが、実は「機械による大量生産」を一番おこなっているのは西欧だった、というのは何かの冗談でしょうか。
 本書は著者の博士論文だそうで、そのため文体は堅苦しく専門用語が駆使されています。しかも分厚すぎる。それでも「芸術」の本質に迫ろうとする努力は、スリリングで門外漢にも楽しめるものでした。もうちょっと画家の生の声がたくさん含まれていたら良かった、とも思いますが、そうしたら本書はさらに分厚くなってしまいますね。それも困るなあ。


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