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2024年03月19日05:06

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中井守恵の歌(1)

七色のペーパークリップ卓に置き世界の悲劇を整理する夜

…新聞のスクラップを分類して整理しているような場面だろうか。「七色」という虹の色がなんとも皮肉だ。整理する者は、その作業の後、悲劇なき世界を夢見たりすることもあるのだろうか。それとも整理する者はひたすら整理しているのだろうか。少なくとも悲劇の当事者は悲劇を整理したりはしないだろう。“知的な作業”というのは要するにこういうものですよ、と言っている歌のようにも読める。こんなふうにうっすらと毒を含んだ守恵さんの作品に僕は惹かれる。(「短歌人」2009年3月号)

弛めると泣きそうになる もうとうにきみの匂いを忘れてしまった

…「弛めると」という入り方が、なんとも言えずいい。他動詞だから目的語があるはずなのだが、目的語は略して、いきなりの「弛めると」、しかもそれに続いて「泣きそうになる」、というこの初句・2句でまいってしまう。「ゆるめる」は「緩める」という字の方を普通は使うのだろうが、ここは「弛」の字が効いている。3句以下はどこかにありそうなフレーズだが、「匂い」という原初の感覚を言ったのが成功している。読者まで泣きそうになる歌だ。(2010年4月号)

樹の下に読書をすれば禁断の欲求がでる 服を脱ぎたし

…「服を脱ぎたし」の直截がなんともいさぎよい。オジサンが酩酊の果てにこんなことを言い出したら目も当てられないが、樹下に読書する若い女性にふっと兆す欲求である。それをスルーしないで一首にした力に感心する。作者名とセットで成り立っている歌と言うべきだろう。(2010年9月号)

フランスを訪ねしことなき猫なれど横切るときにフランスの匂い

…猫の歌はあまたあれど、猫が横切るときの匂い、しかもフランスだなどというのは新鮮な詠み口だと思う。猫好きのひとは、ふとした瞬間にも猫の匂いを感じるのか。匂いにも猫の個性があるのか。しかしフランスの匂いって何だろう? 僕もフランスを訪ねたことがないが、初めて異郷に足を踏み入れてしばらくは、その地の匂いが鼻につく、というような話はよく聞く。…と、細かく考えるとそんなことを思うが、一読、ふんわりした感じですてきな猫歌だ。(2010年12月号)

あまあがり呆然として寄り添えばきみは湿った獣のにおい

…「短歌人」のメンバーならば、作者は仙台に住んでいて、被災して避難所暮らしをされていたらしい、というようなことを思って読む一連の中の歌だが、作者について何も知らなくてもおのずとそうした事情がわかる一連である。昨年4月号の「短歌人」の守恵さんの4首目、《弛めると泣きそうになる もうとうにきみの匂いを忘れてしまった》を思い出した。忘れていた「きみ」のにおいが戻ってきたのだ。「湿った獣のにおい」は、決していやなものとして描かれているのではない。原初の獣と獣として寄り添うところから、もう一度、“暮らすこと”が始まる。抑制されたトーンだが、確実にここには希望がある、と詠われている。(2011年6月号)


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