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2020年01月12日08:05

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本棚241『向田邦子と昭和の東京』川本三郎(新潮新書)

 テレビドラマなどで使われる食べ物は、一回きりで無くなってしまうので「消え物」と呼ばれる。しかし、向田邦子のエッセイや小説では、食べ物が家族の記憶や人物の微妙な心情、時に人生そのものを表す。消えて無くなる儚い小道具ではなく、食べ物こそが主役と言っても過言ではないだろう。

 東京大空襲の翌朝、死を覚悟した父親の提案で、取っておきの白米を釜いっぱいに炊き上げ、埋めてあったさつまいもで精進揚をこしらえた記憶。愛する家族を守ることのできない父親としての口惜しさ、無念さ。向田邦子は「みじめで滑稽な最後の昼餐」と形容しつつも、父の真情を理解している。
 色々なことが八方塞がりの中、仕事帰りに小さなクリスマス·ケーキを買って電車に乗った向田に訪れたささやかな奇蹟。小さいケーキが象徴する独り身の切なさを、ユーモアでくるみ、上質な小説さながらの静かな余韻をもたらす。

 本書は、食べ物だけでなく、多様な切り口から向田作品の魅力に迫っている。お出掛け、しくじる、気働き、到来物といった作品に散りばめられた懐かしい言葉たち、怒りっぽく怖くもある一方、子どもを愛し朴訥とその気持ちを伝える「昭和の父」、多くの小説に共通する家族のなかに潜む秘密と嘘。著者の専門分野であり、向田邦子も大好きだった当時の映画の挿話もいい。本書を読み終え、遠くなった昭和の空気を思いきり吸い込んだ気持ちになった。
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