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2019年11月04日22:28

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本棚212『人間を信じる』吉野源三郎(岩波現代文庫)

 人間を愛し、人間を尊重するヒューマニズムの精神を重視した吉野源三郎のこの文章は、大人に向けた『君たちはどう生きるか』とも言えるかもしれない。

 ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』では、人間性についての「思考実験」であるかのように露土戦争における残虐な行為が描かれる。それは後年、アウシュヴィッツでより凄惨な形で現実のものとなり、著者の生きていた当時のヴェトナムでも同じことが起こっていた。善と悪の両方を為す可能性を持つ複雑で両義的な人間という存在。善を為すか悪を為すかは自由な選択であり、その選択が善に向かうことを信じる方に著者は賭ける。

 岩波書店で編集者として勤めていた著者は、観念的にならずに、同時代の世界を見つめ、行動をしてきた。中でも、日中戦争が勃発した1937年の、岩波新書の創刊に携わった時の想い出が印象的だった。岩波新書の第一号は『奉天三十年』。伝道医師として四十年間、満州の人々のために無私の奉仕を行ったスコットランド人クリスティーの自伝的回想記だった。その他、言論統制が日に日に強まる中、客観的でありのままの中国の姿を知ってもらおうと中国の政治、経済、文化についての新書を多く発刊した。配給される用紙割当量が一割以下に減らされ、1943年に岩波新書は終刊に至るが、当時リベラルな新聞でさえも一様に戦意高揚の文章が席巻していた中、こうした行動があったことを知った。

 「一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし」という言葉を著者は愛していたという。
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