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2017年12月04日19:08

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架空の対話

 日馬富士「おい、白鵬関から金星を取るとは、先輩に対する敬意が足りないぞ」
 貴の岩「これからは俺たちの時代だもんね。あ、彼女からの電話だ」
 日馬富士「なんだその態度は!」がつんがつんがつんがつん。
 白鵬「おいおい、それくらいにしてやれよ。本人も身に沁みただろう」
 日馬富士「ありがたい兄弟子だなあ」
  (もちろんこれはすべて架空の対話です。現実(あるいはその裏側)に似たものが転がっているかもしれませんが、酷似していてもそれは偶然の一致です。なお、貴の岩が獲得した金星が白鵬からであることは、事実です)

【ただいま読書中】『平城京のごみ図鑑 ──最新研究でみえてくる奈良時代の暮らし』奈良文化財研究所 監修、河出書房新社、2016年、1600円(税別)
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 平城京の人口は戸籍上は20万人くらいいたとされますが、実際の住居跡の分析からは5〜10万人程度だったのではないかと言われているそうです。それでも出るごみは多かったでしょう。平城京でのごみの捨て方は主に「穴を掘って埋める」「水に流す」「廃棄された井戸を埋める」の3つの方法でした。
 木簡は表面を削って再利用されていました。その削りクズには文字(の一部)が残っているので、発掘されるとこれは立派な「史料」です。文字だけではなくて、絵画が墨書された土器や木片も出土します。天平九年(737)ころ描かれた日本最古の絵馬もゴミ捨て場から出土しました。竹とんぼ、さいころ、独楽、操り人形などの遊具もあります。
 生ごみ(のなれの果て)も貴重な資料です。食材は、海・川・山などから幅広く集められています。食器や調理用具もさまざまありますが「鳥食入器」「鸚鵡鳥坏」と書かれた土器は明らかに「鳥のえさ入れ」ですね。
 使い込んで小さくすり減った墨や先がすり減ったホウキもありますが、これはすり減ったからこそ捨てられたわけです。
 そうそう「食事」の内容は、トイレの発掘からもよくわかります。寄生虫が多かったかどうかも。私が子供のころ「考古学」で扱うものは、土器とか土偶とか“何か役立つもの"だった印象でしたが、“役に立たないように見えるもの"も視点を変えたらずいぶん有用なんですね。


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