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2014年12月02日07:18

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王道

 学問に王道無し、とは言いますが、「問題で正解に到達する道」にもまた「王道」はないかもしれません。人の数だけ人生で進む道の数があるように、一つの問題で正解に到達する道もまた人の数だけあってもよいのでは?

【ただいま読書中】『光秀の定理』垣根涼介 著、 角川書店、2013年、1600円(税別)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4041105226/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=767&creative=3999&creativeASIN=4041105226&link_code=as3&tag=m0kada-22
 本書の冒頭、変わった大道芸が登場します。伏せた4つの茶碗のどれか一つに坊主が小さな石を隠します。さて、見物人はその内の一つを選択して金を賭けます。坊主は二つの茶碗を開いて見せます。どちらも空。つまり残された二つの茶碗のどちらかが「当たり」です。そこで坊主は言います。「最初の選択を変えても良いよ」。さて、選択を変えた方が得か、それとも“当たる確率”は変わらないか。これって有名な「ヤギ問題」ですね。「ヤギ問題」では“茶碗”は3つですが、こちらでは4つですからさらに当たる確率がアップするはず……と思いつつ私は頁をめくります。
 坊主の名前は「愚息」。ふざけた名前です。その人柄も行動も人を食っています。そして愚息と出会ってしまった浮浪の兵法者・新九郎。新九郎は辻で追いはぎをするくらい食い詰めています。さらにこの二人に出会ってしまったのが、二人同様食い詰めている十兵衛(明智光秀)。
 そういえば「若い頃の光秀」を描いた有名な時代小説って、どのくらいありましたっけ? 私は残念ながら読んだ心当たりがありません。それが読めるだけでも嬉しいのに、新九郎は修行を続け、ついに「刀の動きを相手に予測させない」という一つの極みに達してしまいます。光秀が登場しなかったとしても、これだけで十分面白い剣豪小説です。
 光秀が京で寄宿している細川藤孝は、愚息に言わせると(「悪人」ではなくて)「悪党」です。藤孝のことを、頭の回転の速さでは自分には劣るが洞察力や人間の力学を見通す力や人脈づくりは自分をはるかに凌駕している人物だ、と光秀は思っています。さらに、最初から「出来ている(世俗から超越し一本スジが通っている)」愚息だけではなくて、「自分は愚かである」と自認している新九郎までもが新しい流派を興し独自の道を歩み始めようとしているのを見て、光秀は「自分がまだ何者でもない」ことを痛感します。文字通り、心が痛いのです。しかしその直後、政変が起きます。将軍義輝が松永と三好の軍勢に殺されたのです。光秀は一条院から義輝の弟覚慶を脱出させて還俗させ義秋(後の義昭)とします。その手柄から昵懇衆に取り立てられ、次期将軍への運動を始めます。そして、信長が美濃を併呑したのを機会に、朝倉から織田家に鞍替えすることにします。美濃は明智家のもと本拠地。道三が殺されて明智一族はちりぢりになりましたが、一族再興の好機なのです。義昭と信長の“両翼”を得て、光秀は飛び立とうとします。
 信長に破格の好待遇(四千五百貫=一万石相当)で抱えられた光秀は、最強軍団を目指して明智一族を核として人集めをします。そして上洛途中の六角攻め。光秀は長光寺城攻略を命じられます。明智勢は300。守る乾の兵力も300。山を登る道は4本。山頂の平城よりも険しく細く守りやすいのですが、問題は兵力不足です。乾は一本の道を捨て、3本の道に100名ずつ配置します。光秀はその内2本を把握しました。しかしあと1本がわかりません。さて、光秀の戦略は?
 私は笑い転げます。なんでまた「ベイズの定理」が時代小説に登場するんだ、と。「頭を使う」という習慣がなかった(重んじられていなかった)時代に(だからこそ「軍師」に珍重するべき大きな価値がありました)、戦争に「確率」を活かした人が本当にいたのだろうか?と。
 最後の“謎解き”もまた、すごい。光秀がなぜ信長を襲ったのか、明智の家臣たちがなぜそれに付き従ったのか、そのあたりが説得力と想像力豊かに語られます。そしてそこから浮かび上がるのは「戦国時代の苛烈さ」です。
 もしかしたら、歴史というものは「並べられて伏せられた茶碗の列」なのかもしれません。そのどこかに「歴史の真実」が潜んでいます。それを見ようと人は茶碗を次々開けていきます。しかしそのどれも、空。そして残ったのはあと二つ。そのどちらかに「真実」があるはずです。でも、開けられるのはあと一つだけ。その時、「まだ開けていない二つの茶碗」ではなくて「それまでに開けられた茶碗」の方を見つめたら、意外な「歴史」が見えてくるのかもしれません。(実はこの考え方が「ヤギ問題」を解くカギです。もちろん別のやり方もありますが)


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