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2026年10月26日20:21

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ふかわりょうのコラムを読んで思ったこと

 10月26日月曜日、終日雨。
 珈琲を飲みながら朝刊をめくるのが朝イチの習慣、というのは昭和バージョンのままアップデートできていない人種だが、それが私だ。
 月曜と木曜は週刊現代や週刊文春の発売日で、新聞記事の見出しより目立つため、どうしても目が広告に行ってしまう。
 朝食後、楽天マガジンで週刊現代をぱらぱらと読んだ。週刊文春と違って「現代」はコラムマガジンか、と言いたくなるほど特集記事がつまらなく逆に連載コラムが面白い。檀ふみと阿川佐和子の交換日記とか、ふかわりょうのコラムははずれが少ない。今週のふかわは、ポイ活が苦手なのにコンビニやスーパーで「ポイントカードをお持ちでしょうかと毎回尋ねられて”いいえ”と答えないといけないのがつらい」と書いていた。ポイントを溜めることで生活のリズムを乱されたくない、という気持ちの持ち方もさることながら、ふかわは「いいえと首を振る機会がいやだ(否定を繰り返す人間になりたくない)」ということに重きを置いていた。
 同感だ。いいえ、とか、いやだ・嫌いだ、という否定をなるたけしたくない。自分が頼まれたらいいえと基本断らないのは、目の前の事象を否定するくらいならさっさと引き受けてそれで済ませたい、という性格だからだ。これでサラリーマン編集者時代はずいぶんと損をしてきた。ふかわが実際どういう人なのかわからないけど、なんとなく私と近しい気がする。ぜんぜん世代は違うけど、関根勤と一緒に本をつくったとき、やっぱふかわに対する共感と似た近しさを幾度となく感じた。関根はキャパが広いというよりも、そもそも人でも物でも肯定から入る人で、コミュニケーションの達人でもあった。
 ネット界隈でもSNS界隈でも、昭和の時代に較べたらディスってばっかの人が大半で、異論とも呼べない屁理屈や、人間の尊厳をまったく考慮しない反対意見が目立つ。というか、当たり前になってしまった。21世紀になって「ダイバシティ」云々の外来語がしばしば目に付く時代になったのに、昭和のほうが多様性を尊重していたのではないか。
 週刊現代を50分くらい楽しんだのち、一枚はがきを書いた。
 正午過ぎに天ぷらうどんで昼食。その後、自動車保険の更新手続きをスマホで済ませ、郵便局へはがきを投函。その足でスーパーに行って焼き肉パックなどを買った。
 今日の雨みたいに、ぜんぜん冴えない一日。少しでも部屋をきれいにしたくて片付けをしたり、久しぶりにウエザーリポートの「8:30」をミニコンポで聴いてみたり。
 かれこれ15年くらい前かなぁ、田村セツコさんに「学生時代、横浜の『ダウンビート』というJazz喫茶によく行っていて、決まって店近くの古本屋で2冊100円の文庫を読んでいた。ウエザーリポートのレコードをリクエストしたら、年上の常連さんたちがいやな顔をして、だんだんとジャズ嫌いになっちゃった」という話をしたら、彼女が友人の名エッセイイスト坂崎重盛さんに私の話をしたらしい、次に田村さんと会ったとき、「坂崎さん、風さんのこと知ってるかもって言ってたよ。何度かダウンビートで会ってるんじゃないかなって」と。
 ま、人生も人も肯定するに限る、
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