9月21日月曜日、台風が関東沿岸をかすめて通過、の予報。
我が家の運命やいかに?
アジア大会が名古屋で開幕。
あまり報道されていないようだが、一昨日はホッケー会場で韓国の国歌が流れるところを誤って北朝鮮国歌が流れた、という凡ミス。昨日は昨日で、インド選手団とタイ選手団の宿泊施設が確保されていないとか、選手が向かう会場へのバスが来ないとか、数え出したらキリがないほど杜撰な運営体制らしい。
21世紀も4半期が過ぎ、GDPや給与の伸びが世界一低いだとか、異常な人口の高齢化比率だといったマクロの指標もさることながら、我々の生活や文化と直結しているシステムの劣化が個人的には気になって仕方がない。
しょうもない次元で言えば、テレビ(夕方の長時間にわたるニュース)を2時間近く見ているだけで必ず苛ついてしまう。
視聴者の理解をアシストするため、字幕をつけることが多いのだが、中学3年のテストに出てくる同音異義語で間違いがあったり、街頭インタビューでは「ら」抜き言葉で答えるひとが過半を占めていたり、「肉肉(にくにく)しいハンバーグ」というような汚らしい発音の新語が頻出したり。なかでも不快に感じるのが、例えば高齢者が小学生の列に突っ込んだ、という事故の触りが紹介されて一旦CMが挾まれる。で、自分だって運転する限りはこういう事故を引き起こす可能性があるということから、延々2分、我慢強くCMを見続けて待っていると、いきなりドジャースの快進撃が紹介され、更に六本木で開催中の(自局)イベント紹介があってから、ようやく高齢者による交通事故が詳細に報道されたりするのだ。もうその頃になるとシラケてしまってテレビを消したくなる。
テレビに限ったことではない。無料で接することができるエンタメやネットニュースなどは、それこそネトウヨが好んで使う「ホントに日本人か?」と言いたくなることばっかで、このような劣化や緊張感のなさに接し過ぎると、脆弱な自分の感性に伝染してしまうのではないか、と怖くなる。用法はちょっと違うが、悪貨は良貨を駆逐する、である。
鎌倉は地下鉄も私鉄も通っていないので、畢竟JR一択なのだが、世界でいちばん正確なダイヤと言われて来たJRはいまや遅れがないほうが珍しいほどになった。
自分は半世紀にわたってサボり続けてきたのだが、それは国家や社会がそこそこしっかりしているからという思い上がりが根底にあった。よく言えば、多少なりとも信頼を置いていた。だから、まるで外壁のタイルが剝がれ落ちていくような、主要インフラや国家経済の劣化は困る。これは私ひとりに限ったことではないだろうけど。
新聞の片隅には、高齢者の比率が3分の1になっただの、月の食費が2万円を切っている貧困児童が1割だの、と暗い近未来を描かせるデータが毎日のようの載っている。
昨日も、Kindle本を一冊、読了(乙川優三郎著『地先』)。「満洲国の野望と真実」という歴史ムック本も斜め読んで、電子書籍は一日5時間が限界だと悟った。もっとも、紙の本でも似たようなもの。
昼から未明まで雨と強風が続くらしい。
神頼みしかない。
一日の日記を正午前に書くというのもなんだけど、ちゃんとした日記は夜ごと11時、手帳に手書きするので問題ないかな。
追記
鎌倉はレベル4の土砂災害警報が出ているけど、午後6時現在、我が家に被害がありませんように。
さっきYahoo!ニュースを見ていたら、長嶋一茂が取り上げられていた。
<「日本ってね、正直言ってまだまだコーヒーがまずいですよ。どことは言わないけど…」と私見を言い放った。濱家が「すごいとこに一石投じた…」と突っ込むと、一茂は「俺、こないだブリスベン行って。やっぱりオーストラリアってカフェ大国なんだよね。やっぱ全然違うもん。コーヒーのおいしさが」>
へえ〜、オーストリアじゃなくてオーストラリアがカフェ大国だったのか。知らなかった。
たまにこのタレントの記事が出る。
ハワイといえば俺ほど詳しい人間はいない、というような横柄さでそれなりの地位を確保しているらしい。Yahoo!ニュースでしつこくコメントを書いている匿名者と同じ臭いがする。偉そうな口を叩く割には、いかにも教養が乏しそう。
コーヒーの味なんて完全に好みの次元だ。
彼のような育ちと財力がないから控えめに言っておくけど、美味しいコーヒーだ、という珈琲豆は日本国中いっぱい売っているし、ドライブ中、小休憩で立ち寄ったコンビニで飮むコーヒーだって時と場合によっては極上の味わいを得られる。
フツーの両親の下に生まれた我が身をありがたく感じる。
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