だいぶ前になるが、「午後のロードショー」通称:午後ローで大好きな映画『ゴースト&ダークネス』(1996年、原題:The Ghost and the Darkness)を放映していたので、仕事の手を休めて視聴した。スティーブン・スピルバーグ監督の『JAWS / ジョーズ』(1975年)やマイケル・アンダーソン監督の『オルカ』(1977年)など、動物パニック映画の系譜に繋がる作品だ。『ゴースト&ダークネス』が他の動物パニック映画と異なるのは「実際に起きた事件」を基に制作されているということだろう。
事件は1898年のアフリカ、ツァボで発生する。当時、イギリスはアフリカでの利権を手中に収めるため、ドイツ・フランスという強力なライバルと激しい覇権争いを繰り広げていた。イギリスが勝利するには彼らより一日でも早くアフリカに鉄道網を構築すること。それが全てに優先する国家の一大事業だった。鉄道工事を担う労働者キャンプを襲撃し、多くの命を奪ったのがゴースト(幽霊)とダークネス(暗闇)と呼ばれた2頭の人喰いライオンである。これは「ツァボの人喰いライオン事件」として有名な獣害事件で、9カ月にわたり少なくとも35人から最大175人が犠牲になったと言われている。『ゴースト&ダークネス』は史実を基にしたフィクションだが、実際の事件をとても巧くトレースする見事な脚本だ。
映画は、イギリス政府から鉄道敷設工事の総監督として派遣されたジョン・パターソン英陸軍工兵大佐をヴァル・キルマー(当時36歳)。彼をサポートして共に人喰いライオンを追う「伝説のプロハンター」をマイケル・ダグラス(当時51歳)が好演している。ヴァル・キルマーの主演自体貴重だが、本作のヴァル・キルマーは魅力的なキャラを見事に演じ、私の中では映画『ヒート』(1995年)のクリス、『トゥームストーン』(1993年)のドク・ホリデーと並び、強く印象に残る名演だ。
【物語】 1898年、イギリス陸軍工兵大佐ジョン・パターソン(ヴァル・キルマー)はロバート・ボーモン卿に呼ばれ、ロンドンの議会に向かう。ボーモン卿はアフリカの鉄道網整備を進めるイギリス政府の責任者で自ら「怪物」と名乗るほど、大きな権力を持っていた。究極の目的はアフリカを解放し、奴隷制度を廃止するためで、イギリスは鉄道網構築に巨額を投じていた。ボーモン卿はツァボ河の架橋工事が難航することを予想し、数々の実績を誇る優秀な技術将校であるパターソン大佐に白羽の矢を立てたのだった。ドイツ・フランスとの競争を有利に展開するには、ツァボ河の架橋工事を5か月以内に完成させなければならない。「君にそれができるかね?」ボーモン卿は挑戦的に尋ねた。パターソン大佐は長い間、アフリカ大陸に憧れを抱いており、アフリカでの鉄道敷設工事に派遣されることは願ったり叶ったりで、ボーモン卿の要請を快諾。半年後、妻ヘレナが出産する前に工事を終わらせて帰国すると約束し、単身、アフリカに発つ。
アフリカでパターソンを迎えたのは、鉄道建築現場で彼の助手を務めることになるアンガス・スターリング、彼は熱心なクリスチャンで信仰が全ての苦難を解決すると信じていた。アンガスはボーモン卿に聖書を大量に送ってもらい、作業員に熱心に布教活動を行っていた。現地人で現場監督のサミュエル(ジョン・カニ)は労働者をまとめ役で人望があり、英語とフランス語が話せた。他には工事現場に付属する病院長のデヴィッド・ホーソン医師、彼はアンガスとは仲が悪く、イギリスのアフリカ鉄道網整備計画にも不満を抱いていた。「象牙の取引に利用されるだけで、金持ちを喜ばせるだけだ」というのがホーソンの考えだった。ホーソンはパターソンに「ひとつだけ忠告しておこう。ここでは病気になるな」と言って笑った。入院患者の大部分はマラリアに罹患していた。
サミュエルは工事を進める上で現場には少々問題があることをパターソンに説明する。建設作業員の多くはイギリス領インドからやってきたインド人で、インド人はアフリカ人を嫌い、アフリカ人はアフリカ人で部族ごとに対立していたのだ。ヒンズーは牛を神聖なものとし、豚を食べるが、イスラムには豚は不浄な生き物であり牛を食べた。サミュエルの案内で工事現場を見て歩いたパターソンは考えているよりはるかに難しい工事になることを悟った。作業員は人種ごと、部族ごと、宗教ごとに対立していて協調がとれておらず、監視の目が緩ければすぐに作業は手を抜くからで、しかもツァボ河の地質は想像以上に悪かった。
「そうそう、ひとつ気になることが起きました」とホーソンは報告した。作業員のひとりがロバに乗って移動中、人喰いライオンに襲われたというのだ。人喰いライオンの噂が広まれば、作業員がそれを恐れ、工事は停滞する。人を襲う猛獣は恐怖の的だった。夜の闇に紛れ、あっという間に人を殺す。昨日までいた仲間が姿を消し、痕跡は何も残らない。強盗に殺されたのだろうとか黙って故郷に帰ったのだろうと言われ、それで終わってしまう。パターソンはさっそく人を襲ったライオンを倒すことにし、その夜、ロバを杭に繋ぐと、樹上で待ち伏せをすることにした。狩りの経験が全くないアンガスも立場上、パターソンと共にライフルを携え、樹上に上がる。そして、ロバを襲いに来たライオンをパターソンはたった一発で仕留めることに成功した。彼は優秀な技術将校であると同時に、優秀なハンターでもあったのだ。人喰いライオンを駆除したことに大喜びした作業員達は歓喜し、「パターソン大佐は凄い方だ。悪魔のライオンをたった一発で斃してくださった」と祭のように踊りまわった。現場責任者としての信頼を彼は一夜にして勝ち取ったのだ。しかし、パターソンは本当の悪夢はまだはじまったばかりだということに気がついていなかった・・・・。
この先、少しネタバレがあります。未見の方はご注意ください。
パターソンが斃したライオンは人喰いではなかったのだろう。人々が次々に襲われる事態に陥ったのは、パターソンが橋梁の最も大切な基礎工事を任せた作業員のリーダー、マヒナが犠牲になってからだ。マヒナは部族の勇士でかつて自分を襲ったライオンを素手で殺したほどの男だった。パターソンが彼に橋の基礎工事を任せてから7週間を経たある晩、テントで他の男達6名と眠っていたマヒナだけがライオンにさらわれた。彼はテントから遠く離れた場所までひきずられ、抵抗する間もなく喰い殺されてしまったのだ。「マヒナほどの勇士でも自分の身を護れないのなら、他の者に何ができるというのだ。」 マヒナの亡骸を火葬する間、作業員達の心に恐怖心が広がって行った。
この日から、パターソンと人喰いライオンの戦いは幕が切って落とされた。夜、彼は再び樹上でライオンを待ち構えるがライオンは姿を現さなかった。翌朝、作業員達はライオンを恐れ、現場に出ない。アブドゥラという英語を話せる男が皆の意見を代弁する。「危険がなくなれば現場に出る。仕事が嫌で現場に出ないわけじゃないんだ!」 パターソンが「とりあえず、今は危険はない」と説得するが、アブドゥラは反論する。「あなたの言うことは信用できない。この二日間で二人も殺されている」 パターソンはびっくりして、アンガスの方を見る。「キャンプの外れの方で二人目がやられました。マヒナより酷い殺され方をしています」 アンガスが報告する。「腹が減ったから、殺しているんじゃないな」パターソンはこのライオンが殺戮自体を楽しんでいるのではないかと気づいた。サミュエルが「私の村では周囲をイバラの柵で囲み、大きな火を焚いてライオン除けにしています」と意見を出す。「それで行こう!」パターソンはアブドゥラに作業員の半数はイバラの柵作りに、半数は工事に出すように命じ、「ライオンを殺し、橋を完成させる」と宣言した。アブドゥラは「それは結構。白人は言うだけだから何でもできる」と嫌味を言った。パターソンは「それは違うな。みんなが力を合わせるからできるんだ、アブドゥラ」と返した。
大勢の作業員が一週間をかけ、キャンプの周囲に頑丈なイバラの柵を作った。用心のため、夜は誰もキャンプの外に出ないようにし、犠牲者が出ない平穏な日々を過ごすことができた。しかし、ライオンは諦めたわけではなかった。人々がイバラの柵の向こうに籠る夜ではなく、白昼、大勢の作業員が働く現場を襲ったのだ。人々を恐れず、襲った人間をすぐ近くで食べはじめる。しかも、相手は2頭いた。「普通のライオンではない」パターソンはようやくそれを悟った。2頭はゴーストとダークネスと呼ばれた。人喰いが同時に2頭出ることは初めてだった。普通は単独行動をするはずだ。夜を支配し、昼間でも人間を襲った。単独でも2頭でも、理由もなく人を殺した。ライオンではない、という噂もあった。死んだ呪い師の魂がライオンに宿ったのだとか、または2頭は悪魔であり、人間の支配を妨げるために来たのだとか、いずれにせよ彼らは悪には違いなかった。ツァボは悪魔がのし歩くにはふさわしい土地だった。なぜなら、ツァボとは「殺戮の地」という意味だからだ。
2頭のライオンを斃すために、パターソンとサミュエルは次々に新しい手を繰り出すが、ライオン達はそれを嘲笑するかのように全て彼らの裏をかく。このライオンとハンター、両者の応酬が見事だ。そして、打つべき手がなくなった時、プロのハンターのチャールズ・レミントン(マイケル・ダグラス)がボーモン卿によって送り込まれ、状況は一変する。この先は、実際に映画『ゴースト&ダークネス』をご覧になることをお勧めする。「人間を餌とみなす猛獣」と対決することの恐ろしさをこの映画は生々しく、見事に描き切る。ヴァル・キルマーとマイケル・ダグラスの息のあったバディーぶりも素晴らしい。動物パニック映画の傑作だ。
この映画を観ると、必ず、ふたつのことを思い出す。ひとつは、レミントンとマサイ族の加勢を受け、人喰いライオンと初めて対決するシーンでパターソンの銃が不発だったこと。これは前夜、「私は明日は参加できないから」とホーソン医師が自分の強力なライフルを持参し、パターソンの銃と交換したからだった。せっかく、獲物と近距離で対峙しながらパターソンの銃は不発になり、ライオンを斃すどころかあわや自分が殺される寸前だった。あとで銃を交換してしまったことを知ったレミントンに「戦いだってのに、初めての銃を持って来たのか?」と詰問される。パターソンはホーソン医師のライフルを信じ切って、試射もしていなかったのだろう。私はこの時以来、慣れない機材をいきなり現場に持ち込んで使わなくなり、どんな機材でも必ずRECチェックを欠かさないようになった。ひとりの現場はもちろん、複数のカメラマンと入る現場でも「RECチェックを!」と指示するのが常である。現場に入ると、いつも本作の「このシーン」を思い出す。
ふたつめは、本作のスコアを描いた作曲家、ジェリー・ゴールドスミスのことだ。本作も、舞台となったアフリカの大地にふさわしい雄大で美しいスコアを書いている。私は音楽には疎いが、映画音楽だけは少々うるさい。ジョン・ウィリアムズ、ジェームズ・ホーナー、ダニー・エルフマン、ハンス・ジマー、川井憲次らのサントラが大好きで、初めての映画であってもサントラを聴くと「これは〇〇の作曲に違いない」とわかることがしばしばある。ジェリー・ゴールドスミスは大好きな作曲家のひとりで、幸いにも彼の最後の日本公演の現場(2000年)に参加することができた。親友のプロデューサー氏の事務所に「日本公演の記録映像を撮ってほしい」とのオーダーがあり、私は彼に頼んで、ステージ上でジェリー・ゴールドスミスだけを撮るカメラを志願した。憧れのジェリー・ゴールドスミスを撮れるという喜びと興奮で、私はランスルー(通しリハ)から本番までずっとステージのカメラ脇に立った。ステージ上は神奈川フィルハーモニー管弦楽団のメンバーが占め、楽器を演奏していないのは指揮者のジェリーとカメラマンの私だけ。彼が巨大な楽譜をめくりながら、一心に指揮棒をふり、空気をふるわせる大音響の中で私が彼の姿を撮る。夢のような時間だった。ジェリー・ゴールドスミス、2004年7月21日没、享年75。
■獣害史関連の過去日記
『羆嵐』と『慟哭の谷』
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1971225720&owner_id=6007866
「OSO18 "怪物ヒグマ”の最期」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986679494&owner_id=6007866
「密林奇談 クマオンの人喰い虎」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987159020&owner_id=6007866
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