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2019年04月22日09:25

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『 羆嵐 』と『 慟哭の谷 』


人がSNSで三毛別羆事件のことを取り上げたことがきっかけになり、久しぶりに吉村昭の実録小説『 羆嵐(くまあらし)』を読んだ。これは私が若い頃、初めて手にした吉村作品でその驚愕の内容と彼の精緻で冷厳な描写に驚嘆。以降、吉村作品に深く傾倒することとなった。『 羆嵐 』は大正4年の暮れ、北海道苫前村三毛別六線沢の開拓村で起きた「 日本獣害史最大の事件 」の顛末を追ったものである。読み直して、吉村の筆の素晴らしさをあらためて痛感した。映像的な描写によって、人を襲い食い殺す羆(ひぐま)の恐ろしさ、その体臭や体温まで伝わってくる。あまりの衝撃に、若い頃は夜道を歩くのが怖くなった。暗がりに羆が潜んでいるような気がしてならなかったからだ。

 今回、『 羆嵐 』を再読したことで、吉村昭が執筆の参考にした『 慟哭の谷 』を読んでみる気になった。『 慟哭の谷 』は北海道庁林務官だった木村盛武氏が三毛別事件の風化を防ぎ、同様の事件を起こさないために生存者達の証言を集めて書き残したものである。事件から50年後、昭和40年に「 獣害史最大の惨劇苫前羆事件 」として、旭川営林局誌「寒帯林」一月号と三月号に二回に分けて掲載された。木村氏のおかげで、三毛別羆事件は現在まで詳細が語り継がれている。労作ながら、木村氏は小説家ではない。当然、吉村昭のように映像的で流れるような描写をすることはできない。しかし、木村氏の記録には吉村昭が『 羆嵐 』であえて避けたであろう、生々しさがある。惨劇を直接見聞きした人々が木村氏に語った「 現場の惨状 」がそのままに表現されているからだと思う。人々を襲った羆がいかに強大で恐ろしい存在だったか、素朴な文章から充分に伝わって来た。文春文庫版の『 慟哭の谷 』は三毛別羆事件の他、木村氏が実際に体験した羆遭遇事件他が収録されており、こちらがまたなんとも臨場感に溢れている。ご興味のある方は『 羆嵐 』と『 慟哭の谷 』を一読されることをお勧めする。

 この二冊を読了した週に、TV番組『 ワールド犯罪ミステリー 』で福岡大学ワンゲル部日高山脈羆遭遇事件が紹介された。これは昭和45(1970)年、日高山脈を縦走する大学生5人のうち3人が羆に殺害された痛ましい事件である。当時、私は中学の図書室にあった週刊誌によって事件詳細を読み戦慄を覚えたが、番組の再現ドラマは実によくできていた。山中で羆に遭遇した場合、決して「 人間がとってはいけない行動 」を彼らがいくつも重ねたことによって羆を刺激し怒らせ、3日間にわたって執拗な追跡と襲撃を受けたことがわかった。以下、簡単にまとめておく。

(1)羆が奪った荷物や食料は決して奪い返してはいけない。羆は執着心が強く、一度手に入れたものは自分のものであり、これを奪うものは敵だと判断する。

(2)羆と対峙した場合、人間は集団を崩さず、目をそらさない。この場合、大声や悲鳴を上げることによって羆を刺激すると逆上して襲ってくる恐れがある。

(3)羆から逃げる場合は集団を崩さず、正面を向けたまま、じりじりと後退する。背中を見せれば、羆は本能的に襲ってくる。また、走って逃げようとすると羆の狩猟本能を刺激し、たとえ餌を漁っている時でも追跡してくる。



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