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2026年08月13日17:42

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ドラマ「手塚治虫の戦争」

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手塚治虫を主人公にしたドラマ『手塚治虫の戦争』が放映されるのを楽しみにしていた。なぜなら、オリジナル脚本のドラマではなく、彼の漫画『紙の砦』(1974年、週刊少年キング発表)と『ゴッドファーザーの息子』(1973年、別冊少年ジャンプ発表)という傑作短編をベースにしたドラマであると知ったからだ。手塚治虫は70年代以降、自伝的な漫画を何本も発表しているが、この二作品は中学生だった彼の目を通して「戦争」を描いたもので、とりわけ面白い。軍事教練や動員された勤労奉仕中に教官の目を盗んで、密かに漫画を描き続ける手塚少年が「漫画を通じて人と出逢い、交流を深めていく」様がとても微笑ましく、感動を呼ぶ。手塚治虫の自伝的な漫画は必ずしも事実の羅列ではなく、フィクションやデフォルメを織り交ぜ、コミカルに描写されているのが魅力だ。

 さて、8月12日に放映されたドラマ『手塚治虫の戦争』である。正直な感想を言えば、がっかりした。漫画『紙の砦』『ゴッドファーザーの息子』未読の視聴者にとってはそれなりに面白かったかも知れないが、多くの手塚ファンは両作品を読んでいる。冒頭の「虫プロ商事倒産で崖っぷちに立たされる手塚治虫」というドラマオリジナルのシークエンスが本当に必要だったのか疑問だ。虫プロ内の労働争議、巨匠手塚治虫(高良健吾)が出版社に漫画を持ち込んだ末、掲載を断られるという哀れな現状。そして、1973年秋。倒産騒ぎで借金取りに追われ、一時は「看板の下絵描きをして糊口をしのごう」とまでした手塚が、古くからの友人である大阪のベビー用品製造会社社長の葛西健蔵を頼る。この葛西を田中哲司が好演しているだけに惜しいが、結局、このシークエンスは大阪の川岸に立って、手塚が「終戦の年、ここから大空襲を見ました。あのあたりが炎の海になったのです」と切り出し、葛西が「ぼくはその炎の海におりました」という会話を引き出すためのものでしかない。あまり効果的とは思えない「現代パート」をドラマの前後につけたりせず、なぜ、漫画『紙の砦』を全編、真正面からドラマ化しなかったのか、不思議である。

 大寒鉄郎(少年時代の手塚がモデル)を主人公に、戦争中の物語が回想として描かれるが、大筋は『紙の砦』であって、ほんのごく一部が『ゴッドファーザーの息子』からの引用だ。この回想パートを観て感じたのは、やはり、「手塚の漫画は抜群に面白い!」ということに尽きる。実際には停まっている絵でありながら、ヨリ(アップ)とヒキ(ワイド)を自在に使い分け、登場人物の感情を雄弁に表現することに成功している。ドラマは原作漫画のシーンを意識的に再現し、実際のカメラレンズを駆使してヨリとヒキで撮っているにも関わらず、手塚の漫画の方がよほど映像的だ。一番の違いは終盤、京子ちゃんと自転車で川岸に向かった鉄郎が川の向こうの町々に灯りがともるのを見て、「戦争は終わったんだ! これで自由に漫画が描ける! 京子ちゃん、君もオペラ歌手に!」とふり返るシーン。ドラマでは「終わったんや! ぼくは生き延びたんや!」と歓喜の声をあげながら、鉄郎は川岸の斜面を駆け降りて、「誰にも遠慮なく、漫画を描くんや! 君もスターに・・・」とふり返った時に京子ちゃんは遠く斜面の上にいる。やや詰めたバストショットで、彼女の哀しい表情が映し出される。京子ちゃんは顔に大けがを負っていて、おそらく、宝塚の舞台に立つことは不可能だろう。このシーン、漫画ではどうか。京子ちゃんの顔はドアップで、包帯の下から涙が流れ、光るのがはっきり描かれている。どう見ても、手塚の演出の方が映像的で、格段に優れている。さらに、漫画『紙の砦』は最後にこう結ぶ。「・・・岡本京子はそののち、行方がわからなくなりました。そして、いまだにどこで何をしているのか、わからないのであります。でも、京子の面影は、大寒鉄郎の描く女の子の絵にはっきり残っていて、いつまでもいつまでも消えないでしょう」余韻の残し方も原作漫画が圧倒的だ。

 『手塚治虫の戦争』は大筋は『紙の砦』だというのは前述の通り。学校一の暴れん坊でバンカラの明石のエピソードだけが『ゴッドファーザーの息子』からの引用だが、鉄郎の漫画の一番の理解者だった明石のパートはもっと膨らませるべきだった。あまりに短かすぎて、明石の「鉄郎、長生きせえよ!」の決まり台詞を生かすことができなかったのは惜しい。漫画では、明石は「俺に女の子の絵を描いてくれないか?」と恥ずかしそうに鉄郎に頼み、大きな女の子の絵を描いてもらう。鉄郎が明石の家に遊びに行った時、明石がプレゼントに買って来たバッグやアクセサリーをクミコと名付けた女の子の絵に飾りつけていることを知る。最後、海軍搭乗員となった明石が特攻機で出撃する際、その絵を腹に巻き、「手塚、長生きせえよ」と飛び立って行く姿までが描かれている。

 このドラマで一番がっかりしたのは、手塚の原作にあるコミカルな味わいがほとんど失われていることだ。彼の漫画では教官や軍人達に、鉄郎がいかに酷く殴られようが蹴られようが、漫画らしいおかしさがある。どこかユーモラスで笑ってしまう。ドラマでは鉄郎を「非国民!」と呼び、何度も告げ口して鉄郎を窮地に追い込む同級生の三井のエピソードや、勤労動員中にさぼって漫画を描いていたことを知って鉄郎を殴り、漫画をビリビリに破って捨てる大人たち(しかも憲兵までいる!)のエピソードはあまりに生々しく、ただただ、冷たく嫌らしい描写にしか感じない。手塚漫画の映像化ではあまりシリアスにせず、手塚治虫の好んだユーモラスな味つけをすべきだろう。一手塚ファンとして、そう強く感じた。

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