意外に思われるかも知れないが、これまで『ブラックジャック』のアニメも実写版もまともに観たことがない。普通の映画でもリメイク版に対する評価が厳しく、まして、漫画原作の実写化となるとほぼ全てで落胆して来た。リメイクも漫画原作の実写化もオリジナルに比肩するクオリティに仕上げるのはまず不可能で、「作らない方が良かった」という無惨な失敗作の山になっているのが現実だ。オリジナル作品のファンを満足させるリメイク、実写化はそれほど難しい。
私は子どもの頃から手塚漫画のファンである。膨大な手塚作品群の中で最も深く愛しているのが『ブラックジャック』で、手塚治虫の代表作にして、最大の傑作だと思う。アニメも実写版もこれまで私のイメージに合うものに出逢って来なかったが、今回は高橋一生がブラックジャックを演じると知り、少し期待した。高橋一生は巧く演じられるかも知れない。『ブラッシュアップライフ』で安藤サクラの子ども時代を見事に演じた永尾柚乃がピノコにキャスティングされたと聞いて、さらに心が動いた。彼女なら、ピノコにうってつけだろう。いつしか、放映日を楽しみに待つほどになっていた。
結論から言えば、素晴らしい実写ドラマに仕上がっていた。原作への愛と、何より原作者・手塚治虫に対する深い敬意を感じさせるものであったことに満足した。本来なら、ひとつのエピソードを忠実に映像化しようとすれば、15分程度の尺が限界だろう。それを2時間のドラマにするのだから、当然、複数のエピソードを同時進行させる以外ないのは明らかだ。原作にはない登場人物を作り、オリジナルエピソードの設定を変え、他のいくつかのエピソードと混交させて、違和感なく物語を紡いだ脚本が見事だと思う。原作の構図を意識したカメラも良い。放映直前に騒ぎになっていた、ドクター・キリコを石橋静河が演じたことも気にはならなかった。ドクター・キリコは大東亜戦争中、軍医として南方戦線に従軍し、野戦病院で多くの傷病兵を安楽死させた過去があるのだが、今回のドラマはドクター・キリコの経歴に一切触れなかった。時代的にも、そうするのが自然だろう。なんせ、「ドクター・キリコ」であることは原作ファンにはわかるが、ドラマではその名前は一度も登場しない(エンドロールには「キリコ」とある)。単に、死を望む「絶望の淵にある患者」を安楽死させる死神のような、ブラックジャックの対極にある存在として描いたに過ぎない。
いくつか気になった点はあるが、いずれも些細なことだ。留置場エピソードで登場した刑事はヒゲおやじではなく、アセチレンランプにしてほしかったこと。せっかく、『獅子面病』を物語の核のひとつにしたのだから、骨董屋の主人より、ブラックジャックを長年追い回す刑事の方がアセチレンランプには相応しい。アセチレンランプの頭に蠟燭が立つシーンもサービスカットで挿入されており、思わず吹き出してしまった。永尾柚乃のピノコの「アッチョンブリケ!」も最高のタイミングで炸裂し、大笑いした。シリアスでダークな雰囲気に偏ることなく、手塚漫画らしいコミカルな描写を盛り込んでいるのは好評価に繋がった。そして、法外な治療費を請求するブラックジャックの真意がお金にはなく、「病気を治そうとする患者の真摯な気持ち」「全てを投げうって患者を救おうとする家族の真剣さ」を引き出すことにあると伝わる展開。原作に真面目に取り組み、エッセンスを大切に抽出して真面目に映像化したことがよく理解できる。期待以上の出来だった。このクオリティで、高橋一生と永尾柚乃が続投するなら、シリーズ化しても成功するだろう。
それにしても、クライマックスに琵琶丸があんな形で登場するとは意外だった。原作ファンとしては、ドクター・キリコに石橋静河をキャスティングした以上に賛否両論あるかも知れないが、あえて「琵琶丸」としたことは善しとしたい。最後の最後に、原作での描写を紹介して、種明かしをして見せたこと、実写と漫画を組み合わせたフィナーレが原作愛に溢れ、これがまた素晴らしい出来だった。漫画『ブラックジャック』が読みたくなった。
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