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2026年06月22日14:43

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6/17 ピカソmeetsポール・スミスー遊び心の冒険へ@国立新美術館

開幕して割と早い時期、まだそんなに混んでいないだろう、と思っていたら、なんと長蛇の列!
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いやいや、これは「森英恵展」でした。
見事に70歳以上の女性ばかり、そうそう、私の叔母、母親の世代で森英恵の「ちょうちょ」は一世を風靡したよね。



では、ポール・スミスは?こちらは幅広い年代に受けているもよう。そして、これはピカソ展だが、普通のピカソ展とは違うのだ。

「英国人デザイナー、ポール・スミスが会場のレイアウトを考案。自由な発想で創り上げられた会場構成は、ポール・スミスがデザインする洋服や小物のような色鮮やかさと楽しさに満ちています。ピカソの初期から晩年までの作品群を緩やかな時系列に従って展観します。」とあり、「2023年パリで開催されたピカソ没後50周年記念の特別展「Picasso Celebration: The Collection in a New Light!」を基にした国際巡回展」とのこと、期待が持てそう!

開幕してまだ1週間、平日に行ったがそこそこ人は入っていた。若い人が多いが、年代層はバラバラ。みんなピカソが大好き。

16のセクションで構成されていて、1つのセクションに作品数は3〜10点程度、セクションごとに、画風やテーマに合わせて壁紙や照明などがガラッと変わり、長い画業と膨大な作品制作で一言では語り尽くせないピカソというアーティストを大掴みでき、すんなりと理解しやすく、しっかり味わえるようになっていた。
いや、人によっては、ポール・スミスのエンタメが強すぎて、ピカソが入ってこないというかもしれない。
でも、「楽しい!」「面白い!」は美術鑑賞にとって大事な要素。ピカソをある一面から学術的にググッと掘り下げる展覧会もあっていいし、こんなふうに「ピカソってすごいね!」と素直に楽しめる展覧会もあっていいと思う。

評判になって会期末にはとても混みそうな予感。行くならお早めに。作品リストはネットで。写真撮影可。

アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121447955&owner_id=2083345

https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/picasso_paulsmith/
https://art.nikkei.com/picasso_ps26/
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パリ国立ピカソ美術館が所蔵するパブロ・ピカソ(1881—1973)の作品にインスピレーションを得て、英国人デザイナーのポール・スミスが会場のレイアウトを考案する、かつてない展覧会。自由な発想で創り上げられた会場は、色鮮やかさと楽しい驚きに満ちています。「青の時代」の《男の肖像》や《アルルカンに扮したパウロ》など約80点を緩やかな時系列で紹介します。本展は2023年パリで開催されたピカソ没後50周年記念の特別展「Picasso Celebration: The Collection in a New Light!」を基にした国際巡回展です。


00 トロンプ・レスプリ(精神を欺くもの)
《牝牛の頭部》1942年
自転車のサドルとハンドルを組み合わせたアッサンブラージュ
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正面の壁にピカソの「作品」をすえ、左右にポールが用意した同じ「ような」もの、デュシャンのいう「レディメイド」を並べる。
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そして、一つだけ「似て非なるもの」を混ぜる。

最初からなんだか面白い!
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01 『ヴォーグ(流行)』中の芸術家
無数の『ヴォーグ』の表紙で作られた壁紙を背景にピカソが『ヴォーグ、パリ』のページに絵を描き込んだ作品群(1951年)を紹介。
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モデルの顔や服の上に落書きしたような作品や、
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ウエディングドレスの女性モデルに猛々しい生き物が襲いかかったり、かなり毒がある。
そう、ピカソは自身をミノタウロスだと言っていたっけ。
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02 青の憂鬱
友人の自死をきっかけに青の時代の到来、部屋は一変して暗い青で、天井も低く、作品はこの1点のみ
《男の肖像》1902〜03年
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03 バラ色の女性たち:《アヴィニョンの娘たち》への前奏曲
門?をくぐると、さらに一転して、鮮やかなピンクの空間が広がり、《アヴィニョンの娘たち》(1907)のための習作群が並ぶ。フェルナンドという恋人ができて、薔薇色の時代がやってきたのだった。
《母と子ども》1907年
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《女の胸像(《アヴィニョンの娘たち》のための習作)》1907年
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04 キュビズムの実験室
ジョルジュ・ブラックとともにキュビズム運動を牽引したことはつとに有名。この部屋は、初期の分析的キュビズムにあわせて、ベージュの壁紙、よく見るとピカソがコラージュしたような直線がランダムに入る。
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《グラス、リンゴ、本》1911年春
初期キュビズムは色数が少なく、彩度も低かった。
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05 アッサンブラージュとコラージュ
「分析的キュビズムは、三次元のものを解体して二次元に再構築すること。総合的キュビズムは、分析的キュビズムの反省を踏まえ、現実を取り戻すために、画面に文字を加えたり紙片を貼る。」と簡単に覚えていたが、このセクションはいわゆる「総合的キュビズム」。
色のあるコラージュ作品、立体化したアッサンブラージュ作品がポール・スミスのにぎやかなテキスタイルの壁紙にマッチする。
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《パイプを持った男》1914年春
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《口髭の男》1914年春
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04と05の部屋からは、先の部屋が垣間見えて、迷路あるいはそれこそがコラージュのようでそれもまた楽しい。
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06 古典主義の画家
「秩序への回帰」の潮流が美術界を席巻した1920年代、ピカソは古典主義的な手法で人物像を描く。恋の相手がオルガ・コクローヴァに変わったのも画風変化の要因。オルガとの結婚生活はマリー・テレーズの出現で事実上破綻するが、オルガとの間には愛息パウルが生まれる。
《オルガとパウロ》1922−23年
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《ベッドに横たわる裸婦》1920年
線描がすばらしい
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07 子ども時代
このセクションでは、絵画の中にあるパターンと同じパターンを壁紙にして、作品世界を空間全体に広げている。
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この様子は、セクション04からも覗き見ることができて、期待感を盛り上げてくれる。
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《アルルカンに扮したパウロ》1924年
とても愛らしい。椅子の脚とパウロの足が下描きのまま、更には別の向きのパウロの足も描かれたままになっている。未完なのか?それとも?
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《トラックの玩具で遊ぶ子ども》1953年12月27日
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《人形を抱くマヤ》1938年1月16日
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08 闘牛
次のセクションへは、真っ赤な通路を通っていく。この演出も素敵。
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ピカソが生涯テーマとした闘牛。アクアチントの黒白版画が並ぶが、真っ赤な背景によく似合う。

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牛と闘牛士の華麗なダンスパフォーマンスからエクスタシー、暴力、殺戮、残酷、死…ピカソの素早い筆捌きに息を呑む。
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狭い方の壁には向かい合わせに油彩がかかる。
《コリーダ》1923年末−1924年初
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《コリーダ:闘牛士の死》1933年9月19日
この作品が本展で一番の衝撃だった。複雑に絡み合う闘牛士と牛と馬が、まるで一つの生き物のように命のエネルギーを発している。
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09 ストライプ
このセクションこそが、展覧会タイトル「ピカソmeetsポール・スミス」にピッタリだったように思う。4点の作品が、それぞれオレンジ・黄色・青のストライプの壁にかかっている。ストライプは、ポール・スミス得意のデザインらしい。
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《腕を重ねて座る女》1937年
ポール・スミスのオレンジストライプがなかったら、ピカソの絵の中のオレンジの効果に気づかなかったかもしれない。女性の顔などとの補色の関係。顔や服にもストライプ。モデルはドラ・マールかな?
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《帽子をかぶった女》1939年5月27日
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《読書》1932年1月2日
こちらのモデルはマリー=テレーズ・ワルテル?直線ストライプと曲線の対比が生きている。
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《ストライプの帽子をかぶった女の胸像》1939年6月3日
モデルはドラ・マールかな?《腕を重ねて座る女》と同じ帽子をかぶっている?
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10 戦時中
《帽子をかぶった女の胸像》1941年6月9日
09の《帽子をかぶった女》1939年5月27日とほぼ同じシチェーションだが、色は暗く、口を閉ざしている。硬く握った手の赤い爪がこわい。
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11 一点もの
1948年ピカソは陶芸に没頭し、1954年までの間数千点におよぶ作品を制作。無数の白い皿が並ぶ中央に展示され、「一点もの」としての存在感を際立たせる演出がなされている。
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12 『草上の昼食』
1959年夏〜62年、ピカソは西洋美術史上の名作を変奏する連作に取りかかる。ここでは、マネ《草上の昼食》の再解釈の仕事を紹介。大きなタペストリーで元画を紹介。
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床は人工芝で。フォト
《草上の昼食(マネに基づく)》1960年3月3日〜8月20日
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《マネの「草上の昼食」の変奏》1961年7月4日〜12月6日
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13 ピカソのボーダーシャツ
ロベール・ドアノーが撮影したこの写真は、多くの人が目にしたことがあるだろう。そしてこの横縞のシャツはピカソの代名詞ともなった。しかし、ピカソが撮影の時たまたま着ていたのではなく、こだわりがあったことをここで知る。この服は、バスクシャツと言って元々船乗りの仕事着。ピカソは「貧しくとも自由気ままに生きろボヘミアンだが働き者」を意識したとか。
天井にたくさん吊り下げられていたシャツは、小粋な演出。
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本当に偶然だったのだけれど、私がこの日着ていたシャツがこれでした(笑)
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14 晩年:1969ー1972

1969年から1973年亡くなるまでに描いた油彩画が350点以上だという。老いてますます自由になる筆の運びは、横尾忠則氏と共通するものを感じる。

《座る老たる男》1970年9月26日〜1971年11月14日
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15 展覧会のピカソ
ピカソが生前に開催した個展は数百。そのピカソ展のポスターで埋め尽くされた部屋がラスト。中に5点の作品を紛れ込ませて。
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アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121447955&owner_id=2083345

9月21日まで

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