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2026年06月12日14:59

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6/8 アンドリュー・ワイエス展@東京都美術館

これまでに行ったアンドリュー・ワイエス展について日記を書いた。高校時代に初めて見て以来都内のワイエス展には極力足を運んでいた。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992314008&owner_id=2083345&from=list_diary_title
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久しぶりの大回顧展である。門外不出とされている《クリスティーナの世界》はやはり今回も来なかったが、《海からの風》↓(参考)が来なかったのは残念だった。1974年近美の最初の展覧会で見たのだろうか。大好きな作品。もう一度見たかったなぁ。


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ただ、この作品と関連して《クリスティーナ・オルソン》(1947年)とそれらの関連習作を数点見られたのは今回の大いなる収穫だった。
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ワイエスが、メイン州の片隅で慎ましく暮らすオルソン家の姉弟をその家ととともに30年にもわたって描き続けてきたことは有名。
姉クリスティーナは進行性の病気のため脚が不自由にも関わらず独立心を持った気高い精神の女性だった。

《クリスティーナの世界》はその彼女が草上を這って丘の上の家を目指す後ろ姿を描いている。それに対して、こちらの作品は台所の戸口にじっと座っている「静」のクリスティーナだ。何を想っているのだろうか、その横顔からは窺い知れない。
外の日差しと屋内の暗さが扉にはっきりとした境界をつくっている。クリスティーナの姿は光に晒されて、顔は外を向いているが、彼女自身は暗い屋内に居続けている。


今回の展覧会のテーマ、キーワードは「境界」だ。光と影、明と暗、外と内、そして生と死の境界。境界を意識させるものは、扉だったり窓だったりするが決して隔絶してはいない。一連の続きの中に境界はある。

ワイエスは、屋根裏部屋の窓を開けた瞬間、ボロボロのレースのカーテンが海からの風をはらんでふわりと揺れ上がった様子をみて、夢中で《海からの風》(1947年作)を描いたという。ワイエス曰く、これはクリスティーナの肖像であると。


展示には、《海からの風》と《クリスティーナ・オルソン》の習作が数点並んでいた。
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《海からの風》の方は、最初は床に反射した窓の光を描いていたが、のちに窓とカーテンだけに焦点を絞る。《クリスティーナ・オルソン》の方は、クリスティーナの横顔のデッサン、本画とほぼ同じだ。ただし、髪の描写が少し違う。
習作最後の一枚は、クリスティーナの肖像の下にカーテンが靡く窓が描かれている、つまり、《海からの風》と《クリスティーナ・オルソン》が合体…?



そして 1947年の本作《クリスティーナ・オルソン》
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再び、よくみると、習作と違って、彼女の髪は外から吹く風に靡いている。これこそが、彼女、そして彼女の生涯ということなのだろう。

こうした事に気づいた時、ワイエスの描く、静かで何の変哲のないものたちに、心が大きく動かされていく。それが10代の頃からずっとワイエスが好きな所以かもしれない。


特別鑑賞会14時の回があたったが、閉館が16時と決まっている。私の平均観覧時間は2時間半なので足りない。オシリが決まっているのも落ち着かない。できたら再訪したいが。
3フロア使用中、最後のフロア「第4章」「第5章」のみ撮影可。

https://www.tobikan.jp/exhibition/2026_wyeth.html
https://wyeth2026.jp/
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20世紀アメリカ具象絵画を代表する画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)。第二次世界大戦後に脚光を浴びたアメリカ抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップアートといった動向から距離を置き、ひたすら自分の身近な人々と風景を描き続けました。その作品は眼前にある情景の単なる再現描写にとどまるものではなく、作家自身の精神世界が反映されたものとなっています。彼の作品には、窓やドアなど、ある種の境界を示すモティーフが数多く描かれます。境界は、西洋絵画史のなかで古くから取り上げられてきたテーマですが、ワイエスにとってはより私的な世界との繋がり、あるいは境目として機能しています。本展は、その境界の表現に着目して、ワイエスが描いた世界を見ていこうとするものです。


1 ワイエスという画家


《自画像》1945年
これは28歳の自画像。父と甥が不慮の事故で亡くなった直後の自画像だ。沈鬱で厳しい表情。
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ワイエスはあまり自画像を描かない画家で、以前の展覧会で《踏みつけられた草》(1951年)、この足が私の最も気に入っている自画像だと言った。片肺切除の手術を受けて体力回復のため歩いていた頃。
参考《踏みつけられた草》フォト

《ヒメコンドル(《飛翔》のための格子入り習作)1942年*画像なし
ヒメコンドルが翼を広げ空高く舞う姿を俯瞰した構図。眼下には小さくオルソン・ハウスと広大な草原が見える。俯瞰しているのは、ワイエス?クリスティーナ?アルヴァロ?それともアメリカ?機会があったら本画を見てみたい。

《冬の夜》1942年
日本初出展。死んだカラスが野に横たわる。ワイエスは超写実の画家と言えるが、見たままを描いてはいない。死んだカラスをは持ち帰り描き、風景はまた別の場所だという。イメージを合成するのだ。
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2 光と影

《冷却小屋》1953年
日本初出展。ワイリーの作業場の扉が開いていて、そこからは明るい光。ブリキのバケツはワイリーそのものを暗示する重要なアイテム。ワイエスは、その人を直接描くのではなく、その人ゆかりの物を丹念に描くことによってその人となりを描くことが多い。古典でいうところの「留守模様」だね。
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《三月の嵐》1960年
扉の外は吹雪なのだろうか、コントラストの強い作品。ワイエスが多用した「ドライブラッシュ」という水彩画技法で描く。
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《洗濯物》1961年
妻ベッツィはワイエスの良き理解者でマネージャー的存在でもある。オルソン・ハウスをワイエスに紹介したのもベッツィ。白い洗濯物は主婦であるベッツィの姿。清潔な白さと心地よい風。対比するのは暗い窓の中。ワイエスの絵には犬もよく登場する。
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《うたた寝》1963年
うたた寝は、英語では「cat nap」
昼の浅い眠りは夢とうつつを行き来するよね。さらにいうなら、猫という動物はこの世とあの世を行き来する。暖かい陽光さす入口と暗く沈む納屋の奥との対比。猫は境界にいる。
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《ブルーベリーのバケツ》1964年
ベッツィが積んだブルーベリー。外からの陽光が部屋を柔らかく照らす。ワイエスの描くブリキの質感が素晴らしい。
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《松ぼっくり男爵》1976年
これもまた「留守模様」隣人カーナーの妻が拾った松ぼっくりが置かれている。松ぼっくりの入れ物はカーナーのヘルメット、第一次大戦に従軍した時のものだ。カーナー夫妻の肖像。
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3 ニューイングランドの家ーオルソン・ハウス

ワイエスがオルソン・ハウスを初めて描いたのが1939年。以来、アルヴァロ67年、クリスティーヌ68年に二人が亡くなってからも69年まで主のいないオルソン・ハウスを描き続けた。オルソン・ハウスの中で描かなかったものはないくらい全部、しかも何度も描いている。一つのモチーフを徹底的に掘り下げる画家は他にもいるが、ワイエスは色んな意味で特異な画家かもしれない。そんなわけで、オルソン・ハウスは「国指定建造物」としてそのまま保存されているらしい。

さて、社交的な姉に比べて、弟は寡黙で引っ込み思案、モデルになるのをあまり好まなかったようだ。ほぼ正面から描いた絵もあったが(今回は展示なし)、ワイエスとの交流が深く長いものだったから実現できたのかも。
↓の作品では遠く半身が描かれている。が、無骨で愛想なし、でもどっしりと頼り甲斐ある穀物袋が彼を表しているようだ。
《穀物袋》1961年
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《オルソンの家》1966年
二人の「留守模様」の極め付けがこれだろう。暗い納屋(=アルヴァロ)から明るい母屋(=クリスティーナ)を臨む。ただし、明るい母屋は左半分が隠れている。
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《納屋のツバメ(《さらされた場所》習作)》1965年
3階(屋根裏部屋)の右窓、桟で区切られた真ん中のガラスが割れてしまったらしく、アルヴァロがそこに丸めた布を突っ込んで塞いでいた。左の窓は《海からの風》で描かれた窓だろう、カーテンがズタボロだ。ワイエスは、人の命の限りを知りながら、朽ちていく家の命の限りもまた絵にとどめようとした。納屋のツバメたちが母屋の窓の庇にたくさん泊まっている。活気ある命だ。
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《オルソン家の朝食》1967年
窓に朝食を用意するアルヴァロの影が見える。窓から奥の窓が見え、そこからまた海が見える構図をワイエスは好んだようだ。煙突からあがる煙の様が素晴らしい。
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《オルソンの家》1969年
二人が亡くなってから描いた作品。屋根裏部屋に行くと、煙突から二人の話し声が聞こえたという。
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4 まなざしのひろがり *ここから写真撮影可

モデルの不在が、より一層モデルの存在を語り、想像させるワイエスの作品
《モデルの椅子》1982年
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《ハイスツール》1985年
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《乗船の一行》1982年
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ワイエスは犬が好きだったようだ。
《灯台》1983年
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《ぼろ袋》1986年
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《納屋の猫たち》1993年
猫は「留守模様」で描かれている。農家にとって鼠退治のために猫は外で飼うもの。からのお皿が納屋に並んでいる。お腹いっぱいになった猫は、仕事をせず、きっと屋根の上で惰眠を貪っているか、定期的なパトロールに出かけているのだろう。
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《花びら》1991年
部屋を飾る絵として1点持ち帰れるなら、これがいい。開いた窓はワイエス夫妻の寝室の窓だという。プライベートな小さな窓だが、はらはら舞い散る花びらと共に花の香りが寝室に流れ込んでくるような感覚。
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5 境界あるいは窓
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《ゼラニウム》1960年
初見ではないが、好きな作品。屋内にはクリスティーナがいて、その奥の窓も見え、そこから海もまた見える。境界から再び境界へ。光と影、明と暗、外と内、そして生と死の境界。境界は、隔絶ではなく、続きの中にあるのだ。
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《薄氷》1969年
一見したら、抽象画のような作品。大きい。
凍てついた水路を真上から見た絵。氷の下には沈んだ枯葉、死の世界のよう。しかし、「そこには水の流れを表す気泡も見られ、単純な死の世界ではないことが示されています。氷の上には枯葉が一枚顔を出し、生と死が単純に分けられるのではなく、連続していることを物語っているようです。」とキャプションにある。
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《浮氷》1969年
日本人の死生観に近いものがあり、それゆえの人気なのかもしれない。
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7月5日まで

アルバムあります(ネットから借用もあります)
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121445212&owner_id=2083345
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