https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2026ciurlionis.html
https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/
本展覧会は、リトアニアを代表する芸術家であるミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875-1911)の絵画作品を中心にご紹介するものです。チュルリョーニスの芸術は、20世紀初頭という時代の転換期に、ロシア帝国の支配下で民族解放運動のただなかにあったリトアニアにおいてかたちづくられ、同国の近代文化の礎となりました。
幼少の頃から音楽の才能を見出されたチュルリョーニスは、初め作曲家としてキャリアを歩み始めますが、しだいに絵画の道へと強く惹かれていきます。ところが、画家としての成熟を迎えた矢先、過労と精神的負担により健康を損ね、わずか35歳の若さで生涯を閉じることとなります。彼が絵画制作に集中的に取り組んだ時期は1903年頃から1909年までのおよそ6年間に過ぎませんが、その短い画業のなかで実に300点以上もの作品が手掛けられました。芸術家の死後、長きにわたる不遇の歴史を乗り越え、今日その作品は象徴主義と抽象を架橋する存在として国際的な美術史のなかに正当に位置づけられています。とりわけ、「ソナタ」や「フーガ」といった音楽形式を造形的に取り入れた絵画連作の数々は、優れた作曲家でもあったこの画家ならではの個性をよく示しています。
日本で34年ぶりの大回顧展となる本展では、カウナスの国立M. K. チュルリョーニス美術館が所蔵する代表的な絵画や版画、素描など、約80点をご紹介します。
作曲家で画家であるリトアニアの国民的芸術家チュルリョーニス、初めて聞いた名前だったが、1992年池袋のセゾン美術館で回顧展があったそうだ。その2年前リトアニアはソ連から独立したが大変な激動期。今のロシアとウクライナを思う。
チラシの絵だけに魅せられて訪れたが、それ以上の感動があった。いや、感動、という能動的なものでなく、芸術に包まれる心地よさを身体中で感じる展覧会だった。会場には、チュルリョーニスが作曲したと思われるピアノ曲と交響曲が流れていて、まさに夢見ごこち。いつも企画展は2フロアを使っているが、1フロアだけだったので、気持ちが途切れなかったことも良い。平日で割と空いていたこともあり、没入できます。
会場前のスクリーンでは作者、作品、それにリトアニアの紹介があり、今回は予備知識もないので必見。
会場内はすべて写真撮影可。音楽と絵画の関連を示した解説は、この日記でいちいち書くのは難しいのでアルバムに一緒に貼っておきます。よかったらご覧下さい。
アルバムはこちら↓
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121441065&owner_id=2083345
プロローグ
1875年リトアニア南部に生まれたチュルリョーニスは、音楽家の父のもとで育ち、ワルシャワ音楽院で作曲を学ぶ。1904年にワルシャワ美術学校へ進み、本格的に画業へ移行。
初期作は大部分が現存しないが、象徴主義的作風の中にも、音楽性が認められる。
《森の囁き》1904年
昏い森の木々をハープに見立てて音楽を奏でる
1 自然のリズム
チュルリョーニスがとりわけ関心を寄せたのが自然の動的な移ろいと循環のプロセスだという。自然の生命力が抽象的に捉えられた連作が素晴らしい。
《山》1906年
コーカサス旅行の記憶をもとに描かれた。巨大な山が意志を持って動いているよう
《春のモティーフ》1907年 ほか
連作とはされていないが、モチーフの樹木から自然の循環を感じさせる
鐘の音が春の訪れを告げ
雪が融け
水が流れ、若葉が芽吹く
木々は葉をつけ花を咲かせ、蝶が舞う
《夏》1907年
絵具を滴らせて描く。すごく良いなぁ
《冬》8点の連作 1907年
自然の、壮大で、エネルギーに満ちた営みが静かに、リズミカルに、ファンタスティックに描かれている
2 交響する絵画
カンディンスキーやクレーなども絵画と音楽を融合させた画家として知られている。が、彼らは色や線、形で音楽を視覚化しようとしたのに対し、音楽家でもあるチュルリョーニスは、音楽の構造を絵画の構造に応用しようと試みた。連作により絵画に時間の流れを導入し、画面を複数の独立した層にして音楽の対位法のように共鳴させるのだ。…と、いうことらしいが、なるほど、百聞は一見にしかず、上手くは言えないが、この章の作品を見て、リズム、メロディがあり、楽章ごとの展開も流れも素晴らしく、まさしく音楽だと感じた。色に関心を払わなかったというが、チュルリョーニス独自の色彩感覚、すごくいいよね!好みです。
《フーガ[二連画「プレリュード、フーガ」より]》1908年
《第3ソナタ(蛇のソナタ)》1908年
蛇はリトアニア神話において太陽女神の使者として神聖視されるとともに叡智の象徴でもある。
アレグロ
アンダンテ
スケルツォ
フィナーレ
《第5ソナタ(海のソナタ)》1908年
永遠の生命の象徴として海を描く
アレグロ
アンダンテ
フィナーレ
葛飾北斎《神奈川沖浪裏》を参照したとも言われる
《第6ソナタ(星のソナタ)》1908年
思いは、地球上の自然から宇宙へと広がっていったようだ
アレグロ
アンダンテ
3 リトアニアに捧げるファンタジー
ロシア帝国支配下で高まる民族運動のなか、彼は芸術をその基盤と捉え、民族的意識と精神世界が交差する作品を発表する
《リトアニアの墓地》1909年
リトアニアの十字架は、自然崇拝や祖霊信仰の伝統とキリスト教の象徴が融合して生まれた独創的な伝統文化の一つ。空に輝く北斗七星が象徴的。
《プレリュード(騎士のプレリュード)》1907年
騎士のモチーフは国家の独立と栄光の象徴
《オペラ「ユラーテ」の舞台背景のための下絵》1908年
作家で活動家であるソフィアと共にリトアニア神話を主題とするオペラを構想するが、チュルリョーニスの死によって未完となる
《おとぎ話[三連画]》1907年
たんぽぽは希望の象徴
《おとぎ話(城のおとぎ話)》1909年
ソフィアと結婚。
《祭壇》1909年
エピローグ
《レックス(王)》
小さな作品が多い中で、最大の作品。
「宇宙の支配者にして世界の普遍的精神という「レックス(王)」が、壮大な交響詩を思わせる多元的構成のもと可視化されている」うーん、難しいが圧倒される作品ではある。
神智学や天文学、さらにはヒンドゥー教やエジプト神話などの思想にも関心があったチュルリョーニスは、人間の精神世界と宇宙の神秘を描き切ったのかもしれない。
それにしても、若干35歳にして逝去は惜しかった。リトアニアという国柄、ソ連支配下にあるまでは彼の作品はリトアニア国内にとどまることしかできず、中央からの評価を受ける機会がなかったという。長生きして、そして世界に羽ばたいていたら、もっと彼の絵画が聴けたのに、と残念に思う。
アルバムあります。
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121441065&owner_id=2083345
6月14日まで
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