3月28日土曜日
突然の誘いを受けて午後4時開始のクラシックコンサート。場所は海老名市の外れにあるホール、とのこと。
家を午後2時ちょっと前に出る。JRで藤沢駅、小田急江の島線に乗り換えて相模大野。ふたたび同小田原線乗り換えて海老名。駅の改札口で午後3時半の待ち合わせなので、幾分余裕があった。東口の市民広場に行くと屋台だとかドッグランスペースとかが所狹しと林立していて、人出も多かった。
3時20分、駅の改札口に行くと、90歳になられた詩人の縁故者が既に待っていらっしゃった。それならもう少し早く改札口に行くんだったな。
タクシーで「大島記念音楽堂」(
https://oshimakinen.sakura.ne.jp/)。
森の小さな音楽ホールで、正面にキリスト像を置き、ピアノをオルガンに替えると教会になるような建物だった。
ピアノ奏者とクラリネット奏者、ともに女性。ほぼ関係者のみの聴衆なので、ファミリーコンサートに近い。
『赤毛のアン』をテーマに、さまざまな小曲でアンの世界を描写しようという試み。私は味読で、松本侑子さんのエッセイなどを通して、内容をぼんやりと摑んでいるだけなので、詳細に綴られたプログラムをひとつひとつ必死に読みながら、アンの特長的な台詞や紫色の夕陽や、小川のしらべを演奏から汲み取るのに必死だった。まるで入試問題を解いているような気分となり、本来の意味での鑑賞とはほど遠かった。1時間40分の演奏が終わったら、頭が空っぽになるくらいに疲弊した。プログラムは自分が書いたメモでいっぱいになった。
その後、誘ってくれた人たちと会食。
しゃぶしゃぶの鍋を囲んで長々と会話が続く。
解散は午後10時近かった。
体力のない私はぼろぼろになっていた。これからふたたび電車を乗り継いで帰らなきゃならない。大丈夫か、俺?
帰宅したら午後11時半をちょっと回っていた。
考えるところがたくさんあった。
自然(界)の音は、楽器を使って表現出来るだろうか?
芸術、とりわけ音楽と絵画と詩は、人間の魂を写し取れるのだろうか。肉迫できるであろうか?
哲学や美学の知識に乏しいので、いきなりこんな深い命題に接すると、余計に疲れてしまった。
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