mixiユーザー(id:6486105)

2025年12月20日20:23

84 view

幻の名門ホテルを訪ねて

 夏ならいい。が、凍てつく冬の夜中、風鈴の音がリーンリーンと響く音は物悲しい。不気味な予感さえよぎる。
 風が吹くたび、悲しい音が聞こえた。
 伊香保の2日目。
 目的があって伊香保を選んだわけではない。それでも旅に出る前夜、気になっていたあるホテルをググってみた。
 伊香保+橋本ホテルと検索窓に打ち込むと、「廃業」というワードが出てきた。どうやら橋本ホテルは閉館したらしい……。
 93〜95年頃だった。萩原葉子さんと彼女を慕うファンと編集者の総勢10人ほどが、橋本ホテルに投宿し、翌日、前橋文学館の前で踊る葉子さんを応援するという「ご一行様ツアー」だ。踊る当日は講談社の写真週刊誌「FRIDAY」が取材にやって来ることになっていた。
 日時が分かればいいな、と思って、ネットでいろいろと調べるも、それらしい情報を得ることができなかった。
 ともあれ訪ね歩く時間はたっぷりある。
 朝食後、温泉に浸かって身体を温めた後、365段の石段を登ってみた。登り切ってしばらく歩くと薬師堂、そして伊香保神社がある。
 共にお参りをしてから橋本ホテルを目指して歩いた。
 大きな端に差し掛かった。左折したら飮泉所と公営の露天風呂だ。確か露天風呂の手前に橋本ホテルはあったはずだ。淡い記憶だが、私はご一行からほんの少しの時間、ハズレてその露天風呂に浸かった。ホテルと露天風呂は近かった。
 が、ホテルらしき建物はおろか、廃墟さえもない。
 記憶違いなのだろう。
 ミニリュックにタオル1枚をしのばせているので、露天風呂に浸かるつもりだったが、あいにく定休日だった。
 路面はうっすらと雪が積もり。体感温度は零度を切っていた。
 おかしいな、橋本ホテルは影も形もない。
 橋の手前に小さな神社らしきものがあったので、つるつると滑りやすい階段を上がって見たら、朽ち果てたお地蔵さんがあった。
「のうまくさまんだ ばざらだんかん」という呪文が薄い板に書かれていて、それを3回唱えよ、とあった。素直に従い、唱えてみる。
 観光客は誰ひとりいない。ひとっこ一人いない。
 そこからもう少し歩いてみることにした。地図で見ると榛名湖まで行けるらしい。
 熊が出そうな道だ。人はおろか車一台も走っていない。
 15分ほど歩いたところで、そもそも榛名湖に行く気がないのに歩いたって仕方ないじゃないかと考え、引き返すことにした。それより肝心の橋本ホテルを探さなきゃ。
(宿に戻って群馬の熊目撃情報マップを見たら、引き返し地点に熊が出没していた)
 町に向かって降りていくと、橋に出た。たもとにこんにゃくおでんの店があったので、ご主人に「このへんに橋本ホテルがありませんでしたか」と尋ねてみた。
「うーん、もうとっくにないね。(解体してから)3年は過ぎた」
 そっか、Google検索の言うとおりだ。
 場所を確認してその場に引き返したが100畳くらいの台地がただ存るだけ。
 なんだかすがすがしい。
 そもそも思い出を訪ねる旅ではない。
 もう一箇所、行きたいところがあった。これは現実に存在する保科美術館だ。竹久夢二ら、ロマンのある絵が展示されている美術館。
 登り切った地点にいるので、あとはくだっていくだけだ。
 約40分歩いてようやく着いた。
 門が閉まっている。
 植栽の剪定をしているかたがいたので、大きな声で「こんにちは〜!」と叫んだら、門まで来てくれた。
「休みだよ」
 あちゃ〜。ついてないや。というか、事前に調べていない私が悪いのだ。
 私は予定調和な旅に魅力をあまり感じない「冷感症」で、今の時代は人間的な欠陥と言える。
 テレビとかを見てると、世間の人はみんなよく知ってる。
 どこのパフェが美味しい、とか、いついつにラーメンフェスティバルが開催される、とか、お金を払ってでも参加したいような無料イベントがる、とか。で、口々にSNSでこの情報を知った、と答えている。
 私は全くSNSで発信していないし、インスタやFacebookで情報収集することもない。世の中の表の世界はこれらSNS情報で成り立っている。文学とか歴史研究とか、ヨーロッパの電子音楽とか、スーパーマーケットのインストアベーカリーでどこのチェーンが美味しいのかとかは、SNS抜きでも充分に情報があって、とりわけ文章を書くのが得意なブロガーさんの雑記が有用だ。
 しかし今回みたいな失敗があると、自分の偏狭で頑なな態度はあらためる必要が大いにある、という痛みを覚えた。
 美術館の休館日くらいはちゃんと調べておけ。
 200円の割引き券についてはDLして、プリントアウトまでしたっていうのに(苦笑)。
 そんなバカさ加減の自分の存在を重く引きずりながら宿に戻った。
 2026年は、もっとやわらかく、もっとしたたかに、という標語を掲げたい。
 宿のすぐそばで風鈴の音が聞こえた。 
 どこのどいつだ?
 風鈴の音がする場所はあっさりわかった。窓ガラスの一部が破れて朽ち果てている廃墟で、人の住む気配が消えてから10年は経っていよう、というたたずまいだった。
 こういう光景は観念的にだけど好きだ。
「雨月物語」の世界。
 やっぱ旅は面白い。
7 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年12月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031