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2025年08月23日14:06

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ウツ病で無気力症の人間がぎりぎりのところで持ちこたえている日常

 8月23日土曜日、快晴。
 毎日、書くことがあると言えばあるけど、書いておかなければいけないことなんて何一つない。
 1年くらい前、YouTubeに沢木耕太郎さんのインタビューがあったのを見つけた。テレ朝22時のニュースキャスター大越さんがインタビュアだった。沢木さんの話で印象に残ったことが2つある。1つは、60、70歳になったら自分がどういう生き方や死に方をしようか、というような目標設定をやめていい、自分の在り方は自然でいいのではないかと思っている、と。もう1つはその具体例としてご自身のスケジュール例を述べていて、「ぼくは(この先数カ月の間に)誰かに会うといった約束は2つか3つしかない(ほど先々のことを考えず、無計画に生きています)」と言っていた。
 私は沢木さんの著作をわりと熱心に追っている。執筆対象物(者)に対してどれほど誠実にアプローチしていくかという姿勢は、沢木さんが束縛やしがらみを少なくする真の自由人であるからではないか。彼の流儀は旅にしてもノンフィクションにしても、予定調和を前提としたものではなく、むしろ行き当たりばったりとも言える可塑的な生活姿勢にあるのではないのか、と私は思っている。
 沢木さんレベルとは違うけれど、私はスケジュール欄に予定を書き込むのが苦手だ(苦痛だ)。できれば空白が2週間も3週間も続くといいのに、という願望を常に持っている。
 例えば本日23日は朝いちばんに病院へ行って血液検査を受け、来週火曜日にはその診断結果を踏まえて薬を処方してもらうことが決まっている。すっぽかすわけにもいかないので、今朝はコーヒーも朝食も抜きで病院に行った。たったこれしきのことで、精神的にはずいぶんと疲れたし、来週にふたたびの病院通いがあると思っただけで気が重くなる。
 病院通いでいうと、緑内障の進行を抑える点眼薬がなくなってきた。なので、昨日眼科のHPで来週月曜の午前に予約をとっておいた。だから月曜火曜と病院通いが続くことになる。
 明日24日はこれまた予定が入っていて、横浜で法事に出る。親戚づきあいはほぼないに等しい間柄だが、関東に親戚が少ないこともあるし、残りの人生を鑑みると、これが最後か、最後から二番目になるかもしれない。だから口では「ぜひぜひ出席します!」感をアピールして積極的に参列するふりをした。が、手帳に書き入れた途端、(なんだか面倒だなあああ)という暗雲に心が包まれてしまった。
 考えるまでもなく、私は生きていること自体が面倒で、憂鬱で、気も身体も重ったるい。社会的な活動はしたくないし、自分の身体のことでさえ積極的には動きたくないのだ。
 昨夜も日が暮れる頃からちょっとブルーだった。サヨク仲間から「高橋源一郎さんMCのNHKラジオ『飛ぶ教室』22日に浜野佐知さんがゲスト出演し金子文子についていっぱい語るみたい」という直々のメールをもらったので、昨夜の9時を待って試聴したのだが、聞く前まではユーウツだった。金子文子は存在を知って以降、アナキズムの女神になったにもかかわらず、だ。
 自分を病人に仕立てたくはないけれど、鬱病だろうな。
 なんとか正常な人間でありたい、などと自分を取り繕いながら、なんとか一日一日を過ごしている。
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