テレビは、生き残れるのか
時代が変わったと言われ続けてきたが、昨今の選挙の結果からも、実感させられる。兵庫の斎藤知事が、失職からの再出馬の時、駅前で、たった1人で挨拶をしていた。それを、テレビ局は、撮影して、こんな姿になってしまいましたよ、と言わんばかりに報道。その時点では、斎藤知事の再選は、かなり厳しい状況だったことは、間違いない。この映像を見たら、メディアに対して、心底腹が立ってくる。ただ、高校生が応援していますと、斎藤知事に声をかけていたという。どうして、高校生が斎藤知事を支持していたのか、メディアは、報道していなかった。兵庫は、1000億円を超える借金を抱え(1500億とも)にもかかわらず、1000億円の県庁舎を新たに建設しようと計画していた。そんな金どこにあるんだ、という状態。浪費の皺寄せは、広がっていて、県立高校は老朽化が進んでいたが、放置されていた。斎藤知事が就任してから、1000億円の県庁舎建設計画が見直しになり、老朽化していた県立高校には、新たにエアコンが設置された。高校生が斎藤知事を応援していたのは、学校が良くなったことを実感していたためだった。だが、それまで、利権まみれで甘い汁をすすり放題だった連中にとっては、斎藤知事は、本当に厄介者だったようだ。県職員だけではなく、OBも、反斎藤知事派になっていた。県議会議員も同じで、今までのような甘い汁を吸えなくなった連中が反発する。反斎藤知事派の連中がマスコミ、メディアに、情報を流して、あの騒動が起きた。メディアは、反斎藤知事派だけの情報を報道、世論操作を行なっていた。メディアのいう、正しい報道とは、こういうものだ。いろんな意見があり、いろんな事実があるが、偏った意見や事実しか報道しないことで、世論を誘導しようとする。そして、メディアは、正しい情報を報道していると主張する。偏った報道をしておきながら、偏向報道にはいっさい触れない。報道しない権利があるのだそうだ。都合の悪い事実は、報道しない。都合の良い情報だけを報道する。結果、視聴者や読者に誤解させ、世論を誘導する。そして、メディアは、正しい報道をしているという。つまり、メディアは、視聴者をバカだと思っていて、簡単にコントロールできると思っている。バカは、コントロールして利用するという考え方だ。SNSとの関係においても、バカな視聴者が、SNSに利用されている、と思っている。だから、SNSには、嘘が多いと言う。嘘が多いとは言うが、正しい情報も多いとは言わない。SNSが、正しい情報を伝えているという事実は、メディアにとっては不都合な事実で、報道したくないのだ。当然ながら、こんなことを続けていればメディアは、信頼を失う。選択された事実の報道というのが、メディアの姿。それを補完するのがSNSだ。メディアの報道で抜け落ちた部分を補っている。メディアとSNSは敵対関係にある訳ではないのだが、それすら、メディアは、理解していない。メディアは、事実を選択して報道するので、選択されなかった事実をSNSで伝えるだけ。メディアは、何を言い出したかというと、SNSを規制しろと言う。都合の悪い事実を報道されるのが、よほど嫌なのだろう。メディアのトップ連中の思考が変わらない限りメディアは、変わらないだろうが、トップが変われば、変わるかもしれない。ネットの中に、新たにテレビ局を作ってもいいのではないかと思う。その傾向は、出ているのだが、意外に、旧メディアの考え方を踏襲していて、旧メディアと同じような欠陥を持っている。これでは、だめだ。新しく生まれ変わらないと。
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