10月25日金曜日。
朝からどんよりとした曇り空。テレビの天気予報では、午前午後とも雨が降る可能性を示唆していた。
朝食を食べてメールチェックなどをしたのち、長谷にある光則寺へ歩いて行くことにする。
ラズリが眠りに就いた寺、我が家歴代の犬猫が納められた寺。
40分ほどで光則寺着、いつも思う、もっとも鎌倉らしい寺院だ。
「小さきいのち」の銘がある共同墓碑に、ラズリと私の名が書かれた卒塔婆はなかった。先週の土曜日にお布施とともに納骨した、と葬儀業者のかたの報告を受けている。あらためて出直して来ようか、と思いつつ……。
2つの質問があるので、社務所(などなくて住職のお宅なのだが)に出向いてみた。
一つは卒塔婆のこと。もう一つは、人間=この私の永代供養墓(合祀墓)についてだ。
自分としては死んだあとに墓など要らない、できることなら裏山に遺骨を埋めるか撒いて欲しいくらいに思っているのだが、そうもいくまい。となると、海に散骨だとか樹木葬だとか、とにかく都会人向けの”こじゃれた”、しかも相当に高価な”葬儀商品”を買うわけだが、葉山の沖で骨を撒いて20万円だなんてあほくさいことこの上ない。
以前、光則寺のご住職に近しいかたから共同墓碑のことをちらっと聞いた。値段というかおこころざしもそう高いものではないとのこと。
あいにくご住職は不在だったが、奥様が対応してくれた。
共同墓地まで連れて行ってくれた。
思い描いていたのは小さな塔だったが、ごく一般的な墓石で、そこに6〜7名のお名前が刻まれているので共同墓碑だとわかるものの、知らない人だと通り過ぎそうなくらいの質素さだった。
これはいい。背景が山で、周囲はいかにも奥まった谷戸の寺の風景。私がイメージしている極楽は、まさにこの寺、この墓地だ。
もう少しで「おいくらですか?」と尋ねそうになってしまった。
ラズリの卒塔婆が納められたあたりで、また来てみよう。
帰り、由比ヶ浜大通りの「なみへい」で、”天然”の鯛焼きを買って、食べながら家路についた。こういう行儀が悪い行動は大嫌いなのだが、そうでもしないと帰れないくらい疲れている。
帰宅後、伊豆のホテルをとりあえず1泊だけ予約した。出来れば2泊したいのだが、洋室は満室だった。私はもはや日本人じゃないので、和室に布団を敷いて寝るのは苦手だ。
池田満寿夫の絵を見に行く。目的はこれだけ。
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