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2024年08月06日18:24

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8/4 岡本秋暉 百花百鳥に挑んだ江戸の絵師ー滴水軒コレクションを中心に@千葉市美術館

ついに成った、岡本秋暉の大回顧展!

20年ぶりらしいが、残念ながら20年前には知らなかった。はっきり意識したのが6年前平塚市美術館の所蔵品展だった。同時に滴水軒コレクションを知る。
岡本秋暉はその後、東博や出光美術館、千葉市美術館で数点ずつ見ることになり、気になる画家の一人としてインプットされた。

一方、滴水軒コレクションは、府中市美の春の江戸絵画まつりでユーモラスな作品が紹介されお馴染みに。平塚、府中、千葉の各市美術館に寄託されているので、しばしば見る機会を得ていた。美しい肉筆浮世絵、有名無名の絵師による華麗な花鳥画、楽しく可愛い動物画、不思議な雰囲気の洋風画やあっと驚くユーモラスな作品はどれも何度でも見たくなる面白さである。

この夏一番楽しみにしていた展覧会であったが、予期せぬ出来事で前期を逃してしまった。後期は逃すまじと、暑さの中出向く。片道2時間余。
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企画展の2フロアを割合にしたら、岡本秋暉展が1.3、滴水軒コレクション展が0.7くらいか。両方見るのにノンストップで4時間。それでも足りなく感じたくらい、素晴らしかった。特に、滴水軒コレクションのバラエティに富んだところ、作者の知名度ではなく己の眼でコレクションしていく面白さには感じ入った。
写真撮影はところどころにカメラOKマークが付いている。

アルバムあります。
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121203354&owner_id=2083345

https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/24-6-28-8-25/
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岡本秋暉(おかもとしゅうき・1807-62)は濃厚華麗な花鳥画、とりわけ孔雀の名手として名を馳せた江戸後期の画人です。彫金家・石黒家の次男として生まれた秋暉は、南蘋派の大西圭斎に画を学び、20代から絵師として活躍していました。一方で小田原藩・大久保家に仕える藩士としての顔も持ち、江戸中屋敷での見回り役を務めながら精力的に制作を続け、同時期に活躍した渡辺崋山や椿椿山らと親交を結びました。
彼が最も得意としたのは鳥の図です。懇意の小鳥店に通い写生に励んだという逸話もあるほど、鳥の描写をひたすらに研ぎ澄まし、透明感溢れる華やかな色彩と、羽の美しさを描き尽くす驚異的な技巧で江戸の人々を魅了しました。
実に18年ぶりの回顧展となる本展では、世界一の秋暉コレクションを擁する摘水軒記念文化振興財団の所蔵品を中心に、約100件の作品で、生い立ちから画業を通覧します。細緻を尽くす花鳥画から、藩主の御殿を飾った杉戸絵、小田原が誇る偉人の肖像画《二宮尊徳座像》(報徳博物館蔵)まで。その作品群からは、自らを花鳥の画家として認識して技量を磨きながら藩士としての任も果たし、さらに同時代の画家達の活動に目配りしながら中国画の摂取に努める、堅実な画人の姿が浮かび上がります。彼が生涯をかけて紡ぎ出した鮮やかな花鳥の楽園を、どうぞご堪能ください。

第1章 若き日の秋暉ー画業のはじまり
秋暉は小田原藩の藩士として六本木に居を構えていた。アトリエを「六本草堂」と名付け、比較的暇なお役目をもらい、画業に専念したという。旅にも出て千葉・柏の寺島家にも逗留し、そこに作品を多く残した。滴水(翠)軒は寺島家のサロンのことで、後の滴水軒記念文化振興財団である。

彫金家の父・石黒政実の鐔や師事した南蘋派の画家・大西圭斎の作品も展示。


《孔雀図》天保2年 
孔雀の秋暉と言われるほど、孔雀図を得意とした岡本秋暉。これは25歳の作。40代の作品と比べるとわかるが、輪郭線が少なく、柔らかい。40代の作品は羽がメタリックに輝き、硬質な美しさだ。
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《月下双鹿図》天保年間末〜弘化年間頃
鹿は音が禄に通じるので、縁起物を描く南蘋派ではよくある画題ではある。画像ではわかりづらいが、実物は目が印象的。キャプションにあるように目にブルーをさしている。うるうる。
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第2章 小田原藩士としてー二宮尊徳像と藩主御殿杉戸絵
藩主の御殿や江戸屋敷の杉戸絵を任される。また、農村復興の指導者として名高い二宮尊徳の肖像画も命じられた。

小田原城二の丸御屋形正面玄関に4枚8面の残る、そのうちの4面が展示。ただし、前後期で表裏を交代。残念ながら孔雀は前期。杉戸絵というと時代は降るが、池上秀畝の青鸞と白鷹を思い出す、比べてみたい。
《鯉図》
板の木目を水面に見立てている。金銀泥を用いてメタリックな鱗を表現。

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白鷹の杉戸絵は、菩提寺の教学院蔵となっていた。え?教学院って三軒茶屋にある目青不動尊!あそこに秋暉の墓があると知ってびっくり。

《二宮尊徳坐像》
花鳥画が得意の秋暉は二宮尊徳の像には多少苦労したみたい。
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本人6尺25貫の大男だったよう。小学校に必ずあった銅像とイメージが違う(笑)
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第3章 花鳥画家 秋暉ー技巧の洗練と交友

3-1 花鳥の粋をもとめてー干支印の作品群とその周辺

《老松孔雀図》弘化3年 40歳
柏の寺島家で描いたという円熟期の作品。どっしりとした体つきがいい。
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《菊花彩鶏図》嘉永4年 45歳
番いの鶏にヒナ5匹。明るく綺麗な画だ。番いの鶏は夫婦和合、雛は中国の故事「教五子」にたとえられ、花々も吉祥の意味がある。縁起物いっぱいはいかにも南蘋派。
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《名花双禽図》安政2年 49歳
こちらも透明感のある色遣いで涼やか。鳥は授帯鳥。紫陽花の青が美しい。
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《百花百鳥図》江戸時代19世紀 写真撮影可
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中心は金鶏。渡来モノの鳥だ。
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翡翠の急降下も可愛い
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小鳥たちの賑やかな囀りが聞こえてきそう
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秋暉は、馴染みの小鳥店「鳥安」に足繁く通って写生をしたという。



3-2 孔雀図の名手

写真撮影可の着彩孔雀が3点並び壮観!

最高傑作の《孔雀図》嘉永6年47歳作個人蔵は撮影不可なので、ネットから拝借。
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撮影可の嘉永7年48歳作の墨画↓とポーズがよく似ている。


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孔雀図は注文が多かった作品だが、羽部分の描き込み程度でランクが違う。金泥、緑青、緑、青の高価な絵具を塗り重ねてグラデーションをつける。ランクは注文主との関係、画料、納期などで違ってくる。

孔雀の飾羽は若冲の方が華やかだった気がするが、よく見ると秋暉の真骨頂はから体の羽にあるように思う。鱗のような羽は硬質に光輝き、どっしりとして、孔雀が威風堂々としている。そんな部分だけを見比べながら他3点と見比べた。
《芙蓉孔雀図》江戸時代19世紀
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《白梅孔雀図》安政3年 50歳
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《渓流孔雀図》江戸時代19世紀
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《蝶に孔雀図》江戸時代19世紀
無背景の作品は珍しいが、雌雄の孔雀が間に飛ぶ蝶々に見入っている様子が素敵な構図だ。
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3-3 秋暉の周辺

同時代同じく武家の渡辺崋山、椿椿山との交流はもとより、琳派の鈴木其一とのコラボ作品《花見硯屏》は精緻で愛らしく、妄想お持ち帰りに。



驚いたのが、5月に静嘉堂@丸の内でみた松浦武四郎(こちら)の「北蝦夷余誌」に秋暉も描いていたこと。つながるつながる。
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こちらは。福田半香との合作《松に飛鶴図》
もちろん秋暉の担当は鶴。
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3-4 四季に遊ぶ鳥たちー十二ヶ月連作

定家詠の十二ヶ月花鳥図は光琳、抱一の琳派ややまと絵が得意とするところだが、南蘋派の秋暉も独自スタイルで描いている。


第4章 「秋暉老人」愉しむー円熟期の画作

秋暉の人となりは、温厚で、ものに頓着せず磊落だったという。ただし無類の酒好き。ある時もらった画料が高額で、こんなに金を持っていては、落ち着いて次の画に取り掛かれない、といって品川の妓楼に入り浸ってしまい、帰って来づらくなったというエピソードがある。



《三面大黒図》嘉永3年 44歳
正面、左右側面の3つの顔がある大黒様
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《月下餓狼図》江戸時代19世紀
獰猛だがどこか寂しげな狼。画像はないが《虎図》は墨画で滲みを生かした毛皮模様がうまい。他の動物も見てみたくなる。
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《百花一瓶図》江戸時代19世紀

確か過去にも見たことがあると日記を検索したらこんなところで、川内倫子とコラボしていた!↓
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976630299&owner_id=2083345
黄蜀葵(トロロアオイ)の花は別名秋葵(シュウキ)なので、この絵には自身を入れ込んでいるとか。
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8月25日まで(現在は後期)



次の日記に続く

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