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2024年07月25日13:33

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土倉さんのお見舞い予定日に

 7月25日木曜日。

 連日、猛烈な暑さが続いている。うちの周囲は毎年、6月中旬から常に黒アゲハ蝶が飛び交う自然環境なのだが、今年はほぼ見ない。家の門を出るとアゲハが伴走するかのように宙を舞っている姿がないことを淋しく思う。人間を除く自然界は、環境の変化を如実に表すものだ。
 今日のこの時間(午後12時50分)、横須賀線の下り電車に乗っているはずだった。東京・飯田橋の大病院ロビーにて午後2時、出版社の元シャチョーと待ち合わせ。親友土倉さんのお見舞いをする目的で、先週の木曜日に私はまるで先乗りのように一度お見舞いをし、今週にあらためて病室を訪ね、のんびりと会話を交わすつもりでいた。つっこんで訊きたいことも2,3あるし、先週のお見舞い当日はそのあと1カ月半前から予定に組み込んでいた芝居の観劇があって、病室にいたのは1時間(診察室で治療中だったため、会っていた時間はわずか30分)。
 いま、エアコンのない自宅の部屋でiMacに向かっている。電車に乗る必要がなくなった。

 一昨日の23日火曜日、久しぶりに日記を書くことができた。
 その夜、iPhoneをチェックしたら友人Aからメッセージが入っていた。
 フェイスブックに「土倉さんが亡くなった」といういメッセージがご子息によって書き込まれてます、と。
 私はフェイスブックを使っていないし、IDさえもない。
 しかしGoogleで彼の名前とFacebookで検索したら、死亡した事実と、本人の意向によって密葬とし既に葬儀を終えたことを知った。
 思わずカレンダーを見る。
 自分が見舞ったのは先週木曜日。それから容体が急変した、ということか。
 詳細を知りたくて、友人A(マイミクでもある)に電話をしてしまった。
 Aは土倉さんのフェイスブックを前にして、死に至る経過を丁寧に教えてくれた。
 土倉さんが体調を崩したのは先月の6月4日で、まずは近所のクリニックへ行って診察を受けた。大雑把だがわずか1カ月半前じゃないか。
 iPhoneの着信歴を見れば正確なことがわかるのだが、6月10日頃に土倉さんから「いま病院から電話を掛けているんだ」という電話が入った。彼は常日頃から冗談半分の話題を振る男なのだが、声は確かに弱々しくて一部、聞き取れないところもあった。
 以来、2日か3日に1回、彼から電話が入るようになった。私からも幾度か電話をしたのだが、6月中旬に電話を掛けたら「ICUに入っている」との返答があって電話をしづらくなってしまった。
 それからわずか1カ月だ。
 友人Aからフェイスブックの書き込みを逐一聞いて、聞き終わったあともだらだらと土倉さんに対する思いや思い出を私は喋り続け、電話を長引かせた。Aはたいそう迷惑だったことだろう。私は身体も脆弱だが精神力はさらに弱く、土倉さんのしんどかった闘病1カ月と死についていまだ受け容れ難く、哀し過ぎて、ひとりでふさぎ込むのがつらかったのだった。
 今日、お見舞いで土倉さんに会う。私としては、たぶん退院して自宅療養という名の緩和ケアになるとお見舞いだってかなわないから、会うのは最後になる、と想っていた。が、これさえかなわないまま、土倉さんは亡くなってしまった。
 前回の日記で、宮沢賢治が妹としに捧げた「永訣の朝」と「無声慟哭」という2つの詩についていったん書いたのだが、アップする前に削除した。死に行く妹を語る、という直接的な内容なので、土倉さんに対して失礼だと考え直したのだった。
 高校1年でこれらの詩を読んだとき、私にあっては「純文学」だった。が、60歳を過ぎた頃からリアル現実になった。
 今月はじめ、土倉さんから送られてきた大長編小説が手許にある。原稿用紙換算1000枚で、半分まで読み進めていた。ホントは昨日、お見舞いの下準備として読了のはずだった。が、糸が切れてしまって、まだ読めていない。
 
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