〜以下抜き書き〜
□社会主義とは：「そもそも社会主義とは何でしょうか。人間は社会の中でこそ自己を実現できます。そのためには、共同体社会を支える経済的仕組みが必要です。それが共産主義（コミュニズム）社会であり、会社のような生産手段を労働者・市民が所有し、民主的に運営することです。このような社会を追求するのが社会主義の運動です。／社会主義をこのように理解すれば、ソ連・中国が社会主義でないことは明白です」（p.�堯像�）
□階級の廃絶、生産手段の社会的所有：「現時点において格差を廃止するには、資本家と労働者という階級の違いを廃絶し、生産手段を社会的所有にするしか方法がありません」（p.11）
□福祉国家：「「ここにある社会主義」という本書の観点からすれば、制度としての社会主義は特に重要です。福祉国家といわれる現在の資本主義は、その中に社会保障制度や義務教育制度など、社会主義的な制度を多く取り込んでいます。［……］本書はソ連・中国のようなソ連型社会体制を社会主義とは認めません。この理解を前提にすれば、北欧諸国は今日の世界で最も社会主義に接近していると評価できます」（p.20-21）「日本には国民皆保険・皆年金のような福祉国家的制度が存在しますが、それを導入したのが社会民主主義政権ではなかったという特殊な事情があります。今後、私たちの優先目標は、新自由主義的な政策を廃止して、本格的な福祉国家を構築することです」（p.28）
□国家：「マルクスによれば、国家は階級の存在によって成立する機関でした。［……］共産主義社会では生産手段が社会的に所有される、すなわち市民すべてが生産手段の所有者になりますから、有産者と無産者、または資本家と労働者という階級はなくなります。ですから縄文時代までと同様に、支配階級が人々を支配するための権力機関である国家は不要になります。［……］国家がなくても、共同業務は市民が民主的に運営する機関によって遂行可能です」（p.26）「今日の私たちは、国家がなくなると社会の共同業務を担う機関がなくなり、社会機能が維持できないと思い込んでいますが、国家がなくてもアソシエーションがそれを担えばよいのです」（p.75）
□平等と共同：「社会主義はその制度的条件として生産手段の社会的［←「社会的」に付点］所有をめざすのであって、生産手段の平等［←「平等」に付点］所有をめざすのではありません。今日の株式会社による生産活動はきわめて社会的な性格をもっています。この会社を個人に平等に分割して多数の自営業とすることは、生産の社会性を損なうことになります。［……］社会主義において平等の理念は不要になるのではありません。それが共同の理念と対立するときは、共同の方が優先されるということです。この意味で、平等は社会主義の究極的な原理にはなりえないのです」（p.43）
□コミュニタリアニズム批判：「社会主義派は、伝統的共同体をそのまま復活させるコミュニタリアニズムには反対です。［……］社会主義の基礎となるアソシエーションは、伝統的共同体とは逆に、成員全員の議論によって重要事項を決定する民主主義、新たな規範を積極的に導入する革新主義、いかなる個人をも受け入れる開放主義、自らの組織の利益を特別扱いしない普遍主義によって特徴づけられます。／私は、ソ連型体制の失敗は、むしろ伝統的共同体の延長線上に共産主義社会を構築しようとした点にあると考えます。［……］これらの国［ロシア、中国］の権威主義的性格は、社会主義のゆえではなく、伝統的共同体の体質が残存しているからなのです」（p.106-107）
□ソ連型体制の問題点：「ソ連型体制においては、共産党幹部や国家官僚が支配階級を形成し、それゆえ国家も厳然と存在しました。生産手段の国家的所有とは、実質的にはそれらを支配階級が所有することであり、真の意味での社会的所有ではありませんでした。生産手段の社会的所有とは、労働者・市民が生産手段を所有し、民主的に運営することです。ソ連型体制にはこの意味での生産手段の社会的所有が存在しなかったので、社会主義とはいえないのです」（p.110-111）「「ではソ連や中国はその当時どうすべきであったのか」という質問については、私は次のように考えています。ソ連や中国は革命を成就した後、自由と民主主義を尊重する政府のもとで、資本主義の着実な発展を追求すべきでした。このことは今日の発展途上国についても当てはまります。今日の世界で体制としての社会主義に最初に移行するのは、開発途上国ではなくて先進資本主義国です。社会主義は、自由主義と資本主義の十全な発展の上に初めて可能なのです」（p.123）
□日本の労働組合運動：「アメリカの反共主義の影響が強い日本でも、労働組合運動の主流は資本主義推進型でした。日本の労働組合が産業別ではなくて企業別であることも、資本主義推進型になった大きな要因です」（p.178）
□福祉国家の限界：「自然環境と資源、そして発展途上国の現状からすれば、先進国の経済成長は持続させてはいけません。先進国は今後、持続可能な定常経済を追求すべきです。よって高度成長を前提とする福祉国家は、新自由主義政策を放棄した後の一時的な通過点にはなりえますが、それを最善の体制として位置づけることはできないのです。［……］福祉国家を推進したのは、労働組合とそれに支持された社会民主主義政党でした。彼ら社会民主主義派は、鉄道・資源・福祉・教育などの重要部門を国有化する路線をとりました。これも生産手段の労働者・市民による社会的所有という社会主義的な体制への移行手段としては有効でしたが、この目的を離れて国有化が一人歩きすると、結局、労働者・市民が生産手段の運営から切り離されて、国家に任命された官僚が労働者・市民の利益に逆らうような運営をおこなう事態が生じました」（p.196）
□国家のない社会へ：「世界各国において共産主義社会への移行が実現すれば、それぞれの社会における国家の比重は次第に小さくなり、国家間が対立する要因も軽減されるでしょう。その延長線上に、国家のない平和なコスモポリタン社会が展望されます。マルクスの「万国のプロレタリア団結せよ！」というスローガンはこのような含意をもっています」（p.204）
〜以下コメント〜
■良く言えばなおも「社会主義」を展望しようとする意欲的な書物である。悪く言えばなんともノーテンキな書物である。
■ノーテンキのゆえんは、松井が相も変わらず経済還元論、階級還元論の枠内でものを考えていることに由来する。
■例えば松井はソ連型体制の問題点について述べていたくだりで、「共産党幹部や国家官僚が支配階級を形成し」と書いている。そのように言う場合の「階級」はどのような階級論を前提としているのかについて、彼は一切触れていない。資本主義の下での資本家階級、労働者階級というようなタームは、マルクスの階級論に拠っているだろう。マルクスは資本主義内のそれぞれの人々がその収入を何によって得ているかによって、資本家階級（利潤から収入を得る）、労働者階級（賃金から収入を得る）、地主階級（地代から収入を得る）の三大階級を定立した。これはあくまでも社会経済的次元での階級論だが、それなりに筋が通っていてわかりやすい。ところがソ連型体制の下での「支配階級」はこの階級論には拠っていない。政党にせよ官僚にせよ、それらは政治的統治に関わるものであり、その次元で定立されるべき「階級」概念であるはずだ。しかし経済還元論ではそのような論点は視野に入らない。この点については、斎藤幸平もまた「国家社会主義のもとで「構想」と「実行」の分離が続けば、資本家階級に代わって官僚階級が社会的生産全般を支配することになるだけで、労働者階級の疎外状態は変わらない」（『マルクス解体』講談社 2023 p.238）と書いているが、ここでもまた「官僚階級」というタームは定義なしで使われている。
■かつて滝村隆一は『マルクス主義国家論』（三一書房 1971 [増補版1974]）で経済還元論を厳しく批判し、イデオロギー権力という概念を提起した。井上すゞも、『ジャコバン独裁の政治構造』（御茶の水書房 1972）の第１部で、先行する戦後日本のフランス革命研究が経済還元論、階級還元論にとらわれていることを批判し、革命当時の諸党派の対立はもっぱら政治過程の問題として分析すべきであると主張し、それを実行したのだった。滝村や井上から半世紀を経て、なおこうした声は松井や斎藤には届いていないようだ。
■もとより、上記の問題は資本主義から社会主義への移行を見通すくだりについても指摘されねばならない。松井は、ひとたび生産手段の私的所有が廃止されて「社会的所有」となり、それが労働者・市民によって民主的に運営されるなら、もうその先には何の問題もないかの如くに言うのだが、これもまた経済還元論、階級還元論のノーテンキだろう。
■「労働者・市民」は決してその内部に何の対立も含まない一枚岩の存在ではあり得ない。生産手段の「社会的【所有】」が仮に実現したとして、その【運用】をめぐってなお諸々の【意思の対立】が生じるだろう。もはやその段階では資本家階級も労働者階級もないというなら、それは、そうした社会経済次元での階級論では見えてこない、政治的次元での事象となるはずだ。松井の視界にはこの次元が入っていないので、「社会的所有」の下の生産手段の運用をめぐるコンフリクトという事態は全く想定されていない。しかし、そこにはまたもや「官僚階級」の支配が生じるおそれはないのか？ いや、ソ連型体制の反省の上に組織される「アソシエーション」なのだから問題はないのだ、ということなのか？ それはつまり“概念はなくとも言葉は来る”の類なのではないか？
■斎藤幸平は、生産手段の私的所有の廃止だけでは十分ではない、アソーシエイトした生産者たちは、自由と自律を求めて、「資本の生産力」を生み出していた生産関係そのものを徹底的に解体し、再構築しなければならないと述べていた（前掲書 p.235）。例えば原発という生産手段が電力会社の私的所有から「社会的所有」へ移行したとする。この生産手段をなお引き続き運用するのか、あるいはその廃絶を決定し、再生可能エネルギーに軸足を移すのか。そうした問題が重要である、という論点は斎藤の視野に入っている。しかしそこでもまた「アソーシエイトした生産者たち」の間でコンフリクトが生じるだろう、という問題は、松井と同様に斎藤の視野にも入っていない。
■それ以前の問題として、仮に基幹産業の方向性にかかわるようなかたちで「生産手段の私的所有」が問題化されるような事態となれば、そこにはそのような変革に抵抗し、それを阻止しようとする力が必ずや働くだろう。つまり社会は闘争の場となり、その先に革命が見通されるということになるかも知れない。松井が社会主義〜共産主義を語り、斎藤が「脱成長コミュニズム」を語る時、そこに予見される闘争〜革命について何も語られていないのは、どうしたことなのだろうか。
■以上を要するに、松井も斎藤も政治の次元を視野に入れていないゆえに、「生産手段の私的所有の廃止」をめぐって生起するであろうコンフリクトという論点がパスされてしまっている。「社会主義〜共産主義」ないしは「脱成長コミュニズム」を前望しようという議論にあって、この視野の限定は欠陥と言わねばならない。
■言い方を換えるならこうも言えるだろう。松井は社会主義〜共産主義への展望をラフに、しかしわかりやすく語り、一方斎藤はマルクス主義と環境問題をめぐるタフな論争を経て、「脱成長コミュニズム」への展望を語っている。が、両者ともにそこで語っているのはあくまでも理論的展望であり、それはそのまま人類史のみちゆきの展望でもある、というわけではない。もし両者が齟齬なく一致するなら、「２０世紀社会主義」だって“労働者の楽園”をもたらすはずだっただろう。理論的展望と人類史のみちゆきとの間のさまざまな媒介項の所在自体を議論のテーマに繰り込むことは、両者とも未だ行なっていない。
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