mixiユーザー(id:20556102)

2024年03月01日05:07

136 view

「短歌人」の誌面より(184)

2024年1月号より。

瓶の塩コトリ音立て置かれたり秋の戸棚に秘密と共に  葉多麻美

…瓶の塩を置いたのはわれなのだろうが(筆者は「作中主体」という語を良しとしないので(注1)、作中の「われ」という意味で「われ」と記す)、「置かれ」の受身形によってわれの気配は消される。「コトリ音立て」から読者は逆にあたりの静寂を感じるだろう。初句〜3句から〈晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて〉(葛原妙子)が想起されるところだが、この葉多さんの歌では塩の存在自体よりは結句の「秘密」という語が印象づけられる。秘密めいた雰囲気というだけではなく、われはその秘密の何たるかを知っているかの如くである。窓辺に置かれた水だったら祈りがふさわしいだろうが、戸棚に置かれた塩は秘密がふさわしいだろう。季節も「秋」で動かない。定型通りの語の配置も決まっている。

世の中に入ってない世の外だよと教育の場をこき下ろす人  柳橋真紀子

…「世の中」と「世の外」。なるほど「中」があるからには「外」もあるのだ。その場合の「外」は、この世を駆動する諸領域の外ということだろう。教育は「社会の基本的諸機能の再分肢」である、と規定した論者もかつて存在したが(注2)、おおかたの人々は教育という領域が当初より自存しているかのように見做している。その延長上に、教育という聖域に世俗界の諸権力は介入するな、というような主張も現れるのだが、この「人」はそうした誤認から距離を取っているようだ。「こき下ろす」というのだから、柳橋さんはこの物言いに反感を抱いたのだろうが、筆者はこの「人」は見るべきところを見ているようにも思ったのだった。詩歌は理路を述べる場ではないが、こうした物言いもまた「異化」の作用を持つだろう。

上階からひらひら落ちる新聞紙を見ている よかった新聞紙で  姉野もね

…初句6音、3句も6音で、その字余りがひらひらと舞いながらゆっくり新聞紙が落ちてくる様子を伝える。おそらく高層のマンションの上階から、であろう。この歌の読みどころは一字空けの後の「よかった新聞紙で」。思わず自殺あるいは何か重大な事故につながるような物の落下が、姉野さんの脳裡をよぎったのだろう。4句〜結句は「見ている よかっ/た新聞紙で」と句切れば77だが、そのようなただただ音数合わせのための句跨りには意味がないので、筆者は採らない(注3)。「見ている よかった/新聞紙で」と句切って結句6音で読むのがよいだろう。結句6音の字足らずとすることによって現代の不安感を醸し出すことができる、と塚本邦雄は述べていたが(注4)、ちょうどその塚本説があてはまりそうな韻律だ。

(注1)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1963179559&owner_id=20556102
(注2)宮原誠一「教育の本質」=『宮原誠一著作集』第1巻
(注3)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1162881750&owner_id=20556102
(注4)放送大学特別講義「現代短歌の世界」

(「短歌人」2024年3月号「私が選んだベスト3:1月号」より転載。注1〜注4は転載時に書き加えました。)


【最近の日記】
3月号「短歌人」掲載歌
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987069061&owner_id=20556102
[対談]斎藤幸平×名和達宣「親鸞とマルクス」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987056280&owner_id=20556102
「現代若手短歌と昭和前衛歌人たちとの距離感、隔絶感」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987049812&owner_id=20556102
4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年03月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

最近の日記